2008年05月31日

『機械の中の幽霊』

アーサー・ケストラー 『機械の中の幽霊』 (日高敏隆・長野敬 訳 ぺりかん双書)


邦訳において付けられたサブタイトルには「現代の狂気と人類の危機」とある。
この副題は、ケストラーやその専門分野とは関係の無い方向で語られることの多い
本題 『機械の中の幽霊』 ( The Ghost in the Machine )に比べれば、
ある程度の偏りはあるものの、本書の内容を的確に言い表していると思う。
この本は67年出版。冷戦真っ只中で語られる「現代の狂気と人類の危機」だ。


パブロフなどの行動主義心理学批判、ケストラーの発案したタームであるホロン、
ホロンの階層秩序性で説明される進化論、それを踏まえての人間の種としての危機。
これらが緩やかな紐帯で繋がり、語られていくけれど、具体的な関係はわかりません。


進化の筋道は勝手気ままであり、生物はその場しのぎのDIY的な遣り繰りで生き残ってきた。
種としての人間の進化、もっと正確に言えば脳の進化にしてもその通りであると言える。
人間の脳には旧い、動物的な部分の大脳辺縁系と、人間に特異的な新皮質の部分があり、
その二つの部分はお互いに整合性が無く、広範な連合も無いままに分裂している。
人は理性と情緒に引き裂かれ、偏執的な情緒を、理性はコントロールし損なうこともある。
この分裂生理は人間の種に組み込まれたものであり、進化プロセスの誤り・失敗作であり、
ケストラーにしてみれば、(絶対悪ではないものの)これこそが人類の諸悪の根源である。


人類の諸悪の根源は個人の一次的な攻撃性にあるのではなく、知性は低く情緒は高いことを共通分母とするような集団と自己超越的に同一化することにあることを、先に論じた。いま私たちは、それと並行した結論に達する、つまり歴史を貫いて流れる一筋の迷妄の流れは個人的な型の狂気によるのではなく、情緒に基礎を持つ信仰体系から生ずる集団的な迷妄によっている。これらの病理学的な現れの基礎にある原因は、理性と信仰の間の分裂、あるいはもっと一般的にいえば心の情緒的な能力と弁別的な能力の整合が不十分なことである。(p.357)


動物には自然に備わっている同種殺しのタブーが、半端に理性的な人間には備わっていない。
しかも悪いことに武器の発明が、墓穴を掘るようにこの新皮質の不備を致命的なものとする。
「歴史を貫いて流れる一筋の迷妄」は、武器の進化と共に殺戮の度合いを深めていき、
ついに現代において、全体主義や核兵器と結びつくことでジェノサイドを引き起こした。
冷戦時代のケストラーは、人類の歴史が、この狂気の故に幕を閉じることを危惧している。


ケストラーは、人間の種としての暴力性を見極めたうえで、道徳や倫理に解決策を求めない。
この不幸な状況を根本から打開するため、彼が最後の最後、第18章で主張したことは、
「心の制御に利用できるような(略)一連の化学物質」の中に治療法を求める』(p.446)
ということで、要するに、精神のお薬を飲んで全人類は一旦落ち着こうヨ、ということだ。
予防注射で病気を防ぐように、フッ素を水道水に入れて虫歯になりにくくするように、
精神薬理学に基づいてお薬を飲み、情緒と理性の間に橋を架けよう、と、そういうことだ。


途中まではやたら面白かったけど、最後のこの結論はネェな、と思いました。
似たようなことはデザイナーフードやサプリメントがやってるんだけろうけどね。
posted by 手の鳴る方へ at 03:22| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』

『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』 (P・T・アンダーソン監督 2007年 アメリカ)
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たまには映画の感想。

原作はアプトン・シンクレアの『Oil!』。20世紀初頭、山師のダニエル・プレインヴューは、
野心家の牧師、イーライ(ポール)・サンデーの情報を元に、西部の片田舎で油田を掘り当てる。
油田開発の中で連れ子が事故に巻き込まれて聴力を失ったり、弟と名乗る見知らぬ男が現れたり、
塞ぎこんだ息子が事件を起こしたり、その後で息子を騙して自分の仕事場から追い出したり、
パイプラインを海まで通すため、嫌々ながらにイーライの属する宗派に入信したりする。

それらは要するに富を得るための行為で、言ってしまえばエゴの産物なのだけれど、
例えばプレインヴューが連れ子を平気で仕事の犠牲にしたのかと言えばそうでもなくて、
(自分が追い出しておいて)再会時には嬉しそうに(殴りかかる子供を)抱きしめたりするし、
商売敵の何気ない一言を、息子の教育に対する侮蔑ととらえ、ネチネチと攻撃したりもする。


アンダーソンの映画には家族(あるいは家族的な集まり)がモチーフとしてよく現れるが、
この映画でも、この父と子の関係だけでなく、突然現れた弟との関係、会ったときの遣り取り、
そしてその後の待遇からしても、主人公が家族を軽視しているワケではないことがわかる。
プレインヴューはエゴイストの野心家で、ポジティブに言えば正しい個人主義者なのだけど、
家族や血縁に対する憧れというか、それについての価値に対して、低い評価はしていない。

にも関わらず、プレインヴューは弟や息子と袂を分かち、最後は一人になってしまう。
それらは決して他の誰かに殺されたわけではないし、自然災害によって奪われたわけでもない。
家族の価値を重んじる、他ならぬプレインヴュー本人によって、憧れつつも手放されるのだ。


若い牧師のイーライも、プレインヴューと同じように野心家で個人主義的に描かれる。
イーライのその信仰心には偽りが無い。狂信的な「演技」で多くの信徒を獲得し、
プレインヴューすら利用して、成り上がりと言う名の布教活動を進めて行く。

プレインヴューが家族に惹かれるように、イーライはキリスト教右派的な神に惹かれている。
そして、プレインヴュー同様、イーライもまた富についての執着を見せるのだけど、
それゆえに自身の信仰心に背くようなことをしていまい、自分でヒドく傷ついたりする。
具体的に言えば、プレインヴューの石油利権欲しさに「自分は偽の預言者で神なんかいない」
的なことを言わされる。結局は謀られたことがわかって、自分のしたことに動揺する。


プレインヴューもイーライも、自身のエゴイズムのため、自身の憧れを放擲してしまう。
家族も信仰心も、個人主義の前に手段と化して、光り輝きながら手許から滑り落ちるのだ。
そして自ら手放しておいて、そのことについてヒドく傷つき、悪態を吐いたり泣いたりする。
繰り返すが、それらは本人にとって重要なものなのだ。にもかかわらず、彼らは守らない。

彼らの手許に残ったのは富か、あるいは借金だろう。それに地位や名誉もあるだろうか。
それは彼らがそれなりの真剣さで望み、残るべくして手許に残ったもののはずだ。
そして実際に、この映画のラストには、彼らの手許に残ったものが転がっている。
富の象徴である豪邸の、その内部のボーリング場の中に、個人主義者が転がっている。

幕引きの中、ブラームスの協奏曲は、その光り輝きそうにない個人主義者の代わりに鳴り響く。
あるいは、個人主義者達がサヨナラを告げた、全ての光り輝くもののために鳴り響くのだ。
posted by 手の鳴る方へ at 06:50| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月24日

『生態と民俗』

野本寛一 『生態と民俗 人と動植物の相渉譜』(講談社学術文庫)

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環境破壊という言葉があるけれど、それは別に近現代に始まったことではない。
『もののけ姫』なんかに顕著なように、近代以前から人々は環境を破壊してきたが、
破壊しつつも昔の人たちは、近現代人とは全く異なる態度で環境と接してきた。
古来から人々が、環境とどのように折り合いをつけて生きてきたのかを知ることにより、
現代的な問題としての環境問題について、民俗学は一石を投じることができるかもしれない。
そこには環境民俗学という新しいアプローチの仕方があり得るかもしれない、という内容。


私の田舎は四方を山に囲まれていて、五十年前までは山でマツタケが普通に取れていた。
戦前には天皇家の関係者がマツタケを狩りに、わざわざやって来たほどの産地だったけれど、
燃料がコクバ(松葉)からガスに変わってから、コクバが根本に積もり、日が届かなくなり、
マツタケも採れなくなってしまったらしい。(原爆のせいで採れなくなったって人もいるが。)

サブタイトルにある「相渉」とは、環境が対象化されていないような人と環境との関係で、
人は環境の外に、自立的に、本質的に無関係なものとして存在しているワケでは無いし、
環境も人や人の暮らしの外に広がっている、何か別の「モノ」としてあるワケでも無い。
マツタケはコクバを拾う人為(生活の中の営為)が消えると同時に自然から消えたが、
それはつまりマツタケが人と環境とのコラボレーションであるということを意味している。
環境から自立(自律)していない人間がその環境を守り、畏敬するのは当たり前の話だが、
近現代人は自立(自律)しているということを自明の理としているから、まぁ、困るよね。


民俗学は対象化されていない環境とその眼差しを扱う。それは多義的なシンボルに満ちている。
その意味での環境は、恩恵を与えると同時に害を為し、実用的であると同時に説話的に解釈される。

例えば鹿と日本人の関係は古来からあったが、その関係は一義的なものでは全くなく、
『万葉集』に歌われた鹿を見れば、色々な用途へと利用されていたことがわかる。

大王にわれは仕へむ わが角は御笠のはやし わが耳は御墨の坩 わが目らは真澄の鏡 わが爪は御弓の弓弭 わが毛らは御筆のはやし わが皮は御箱の皮に わが肉は御膾はやし わが肝も御膾はやし わが※は御塩のはやし 老いはてぬわが身一つに 七重花咲く 八重花咲くと・・・・・・ (本書 p.138 ※はにくづきに玄)


鹿の有効面を見れば、他にも、その脂や生血や胎児の黒焼きは婦人用の妙薬として、
角は削って熱さましの薬にしたりイカ釣りの疑似餌に、肩甲骨は占い(鹿卜)に、
また、その足の筋を糸がわりに、飼い犬の傷口を縫合したというケースもあるらしい。

また、鹿には稲を食う害獣の側面もあった。
にもかかわらず、一方で子鹿の白い斑(カノコマダラ)が稲=米と見立てられ、
害獣のはずの鹿やその鹿鳴が、豊作を願う呪術的な儀礼と結び付けられたりもしている。
ここにある二律背反は面白い。その一方が説話的な因果関係なのも興味深い。

本書では鹿だけでなく、鼠やハブや猿にまつわる二律背反も紹介されている。
人と動物との関係は本来こういうもので、そこには様々な感情が渦巻いている。
人と環境との接点に、この渦巻く感情を再発見することは重要だと思われるが、
そのためには具体的な生活の立場から環境問題を考えなきゃいけないワケで、
都市化された生活環境の中でそれを考えるのは難しい、というか無理な話だ。
posted by 手の鳴る方へ at 02:23| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月19日

ボケノートクロニクル5 〜有名人でボケよう2〜

サディストとは何か? マゾヒストに親切にする人のことである。


終わって久しいネット大喜利サイト「ボケノート」に投稿されたボケを、
みんなが忘れた頃になって、主観的な見地からピックアップするコーナー。
気まぐれで更新が早くなったり遅くなったりしています。不定期です。

5回目となる今回のテーマは有名人。しかも外国の有名人。
意外にも数が少なかったので、歴史上の人物も何人か混ぜてみました。

まずは現代のセレブなスーパースター達。

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【Page199】
人生ゲームでボツになったマスのイベント (顔の偏差値45)

[ 3位 ] マキロン  
子供がマイケルジャクソンに気に入られる。
最終的に6億手にする。


【Page13】
できたばかりの銭湯が、開店初日におこった事件により翌日には閉店してしまいました。
その事件とは? (尻彦)

[ 1位 ] HAxAHAxA
一日番台にスティービー・ワンダーを迎え、完全に経営が傾いた


【Page29】
TVゲームのラスボスに言われたら嬉しいこと (KEL)

[ 18位 ] 中華ン大佐
お前の顔をブラッド・ピッドに変えたらブラッド・ピッドそっくりじゃん


【Page181】
手のひらに「人」の字を書いて飲み込むより
有効な緊張の解消法。 (能登かわいいよ能登)

[ 1位 ] フェラクンニ  
腕に『BON JOVI』と書いて拳を掲げると勇気が湧いてくる。


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It's my life ! And it's now or never ! I ain't gonna live forever !!!!
【Page181】のボケは正統派の、真っ向勝負の素晴らしいボケじゃないでしょうか。
実際に体育祭とか面接とか、会社のプレゼンとかの前にやってみればいいと思います。

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【Page597】
パンダの人気が急落した原因 (クリスマッケンジー)

[ 16位 ] KOHE (十級)  
デュランデュランって名前は流石にやりすぎた。


【Page297】
シンゴ君が、いつもお弁当を隠しながら食べる理由 (徹底的松下)

[ 5位 ] 鈴木のコーヒー (九級)  
みんなストーンズなのにシンゴだけKISSの弁当箱


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ご飯の上のそぼろもフェイスペインティングっぽいんだろうね。
次はスポーツ選手を少々。

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【Page582】
二段ベッドの下が有利な理由 (んんちょドブンドブン)

[ 4位 ] あっそう太郎 (伍段)  
外国に行けば上がユーリで下がアルバチャコフ


【Page24】
川上から流れてきた大きな桃を無視した理由 (オレソジレソジ)

[ 20位 ] 虫こない
背後のロナウドがノーマーク


【Page260】
最も売れたコーヒーのキャッチフレーズとは? (だんりゅう)

[ 1位 ] イカロス侍 (九級)  
100人のイタコの内、95人のジーコが「うまい」と答えた


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スポーツ関係ねーじゃん、特に最後のボケは、という気もしますが、
というか最後のボケはツッコミどころが多すぎてさすが1位だと思うのですが、
海外のスポーツ選手には記号としてのインセンティブが無いのかもしれません。

最後は歴史上の偉人達。

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【Page196】
マリアナ海溝の世界最深部では、こんな事になっています (いんく)

[ 15位 ] 虫こない (九級)  
ヘレンケラー「ウォーターはもう分かったわ、サリバン先生」


【Page96】
第二次世界大戦中、敵国の兵士と遭遇した時に敵意がないことを示すため軍人がとった行動とは? (KEL)

[ 4位 ] き渇のアニケ
バズーカ砲にガンジーを込める


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ヘレン・ケラーとガンジーは、ネット大喜利的にはスタンダードな名前です。
要するにネタにしやすいです。逆に言えば安易と見られて低い評価をされるリスクもあります。
虫こないさんはボケノートを代表する名コテですけど、人名も積極的に使ってますね。
というかこの人のボケ方は幅が広いです。今後も何度も名前が出てくるでしょう。

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【Page278】
警察学校の新入生100人にアンケートした結果、たった一人が答えた警察官の志望動機とは? (かす)

[ 2位 ] 四半世紀  
こんな髪の毛じゃバッハかバッハ刑事になるしかない


【Page13】
できたばかりの銭湯が、開店初日におこった事件により翌日には閉店してしまいました。
その事件とは? (尻彦)

[ 9位 ] 茶飲み友達
カポネと決別した翌日、固結びされた煙突が贈られてきた


【Page356】
最悪に出来の悪い肝試し大会 (にーにー姫)

[ 31位 ] コンスタント  
最終的にはアンネの日記が見つかる


【Page280】
絶対に拾ってもらえる捨て犬の張り紙 (モモ)

[ 5位 ] 虫こない (九級)  
解けませんでした。
アインシュタイン


【Page261】
大航海時代の船乗りが信じていた、海の果ての神秘的な現象とは? (すえぞう)

[ 25位 ] 腋 (九級)  
ドキッ!マルコだらけの水泳大会 (ポーロもあるよ)


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ここら辺のボケは偉人達のキャラを上手に使っている感じがします。
【Page278】の発想はズバ抜けてますよね。何をどうしたらこんなの思いつくんだろう?
【Page356】もイイです。お題の「最悪に出来の悪い」を極限まで突き詰めた感じがします。
あと、最後のは発想が馬鹿でイイ。くだらねぇ、と言いながら高い点数をつけたくなります。
posted by 手の鳴る方へ at 03:50| Comment(0) | ネット大喜利・小咄板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月14日

花を贈る

この前の日曜日の話。
母の日だったせいで、よく行く大型ショッピングセンターで花が売られていた。
で、プリザーブドフラワーの陳列棚が並んでいて、やけに目についたんだけど、
個人的には、プリザーブドフラワーってどうなの? と思わずにはいられない。

花が一年以上も枯れないとかどうなの? 自然を馬鹿にしてるんじゃないの?
という平凡な、ナチュラリストっぽいことが言いたいワケじゃ全然なくて、
その手の贈答品の顛末で、部屋の隅で塵芥をかぶってないモノを見たことがない。

私は断然、プレゼントは生花派なのです。ただし鉢植えは駄目ね。

生花を貰った場合、ある期間は適当に世話をすることが求められるけれど、
その間はほぼ確実に綺麗だし、見栄えもするし、飾りとしても決して悪くは無い。
そしてある一定期間を超えれば、それは必ずゴミとして捨てなければならない。
生花のいいところはその、必ず無くなるという点で、長期的に見て貰い手の側に残るのは、
あの時にあの人から花を貰ったという事実だけで、それはつまり贈与の正しい顛末だ。
プレゼントなんて所詮は気持ちですからね。母の日のプレゼントなんて特にそうです。


で、プリザーブドフラワーの何が気に入らないって、花の持つこの長所を無碍にしている点で、
モノがモノとしてずっとその人の側にあるのがイイという、そのフェティシズムが気に食わない。
もっと言えば、「残り続けるもモノは、そうでないモノより得」という発想が気に食わない。
よく考えてもらいたいのだけど、その時間の長さは贈与の本質とは何の関係も無い。
そもそも大抵の贈答品は、半端に飾られて埃をかぶるか、どこかに収納されたままになっていて、
その状況は贔屓目に見ても得じゃない。中長期的に見ればむしろマイナスになっているはずだ。
プリザーブドフラワーは、花を東京タワーの置物レベルに貶めている気がしてならない。
(ただ、商業用のディスプレイとしては最適だと思う。最近は造花にもスゲーのがあるけど。)

モノで溢れた今の時代、ずっと消えずに家の中に残る贈答品は正直言って鬱陶しい。
そういう役割を引き受けるのは、指輪とか宝石とかの、一部の特別な贈与だけでイイ。
もっと言えば、ずっと残るのであれば、服とか靴とか鞄とかの実用品の方がまだマシだ。


と、まぁ、何だかんだ言うとりますが、結局は貰い手の好み次第なんですけどね。
posted by 手の鳴る方へ at 08:02| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月11日

ボケノートクロニクル4 〜Beautiful world〜

南条くん「表と裏が逆の10円玉をやろう」


終わって久しいネット大喜利サイト「ボケノート」に投稿されたボケを、
みんなが忘れた頃になって、主観的な見地からピックアップするコーナー。
三ヶ月ぶりだけど、忘れてたワケじゃないよ。本当だよ。

4回目の今回は「感動する」ボケ。笑いよりもそっちを優先したボケ。
大喜利も所詮は言葉の遊びです。笑わせてナンボ、笑いが目的と言いつつ、
綺麗なボケを思いついたら当然、それを言いたくなるのが人の性ってモンです。
その素晴らしさが共有されたとき、大喜利は、限りなく詩に近付くのだと思います。

まずは人情編。

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【Page165】
生徒全員が号泣したという卒業式のドッキリ企画とは? (茄子の妖精)

[ 1位 ] おかのん  
入学して間もない頃、先輩達に「上納金」と言われて巻き上げられていたお金は、社会に出ていく僕たちの為に積み立てられていた。


【Page272】
「トラックの運転手」が「トラック野郎」になるためにはどうすればいい? (尻彦)

[ 10位 ] ヨタカ  
線香一本積んで母の墓参りに行く


【Page599】
地下鉄職員の一番派手な仕事 (63なのよ)

[ 1位 ] あっちむいてホイ (肆段)  
列車の風を麦畑までとどける


【Page227】
「ペットは飼い主に似る」というのを実感した時 (たまご塾)

[ 2位 ] ヒトラー麻原  
天国でずっと川を見つめ、残してきた愛犬を待ち続ける男が銅像になった。


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ヒトラー麻原というコテハンからは想像できないネタ。
泥土から蓮の花が咲くようなモンでしょうか。違いますか。
あと、【Page599】もいいですよね。
麦畑の風を列車に届ける、の方が詩情としては常套なんだろうけど、
そこをあえて逆向きに見るのがイイし、それを派手な仕事と見るのがイイ。

次は自然編。
まずは同じお題の24位と42位を。

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【Page312】
一風変わった春を告げる出来事とは? (おにぎり小僧)


[ 24位 ] 鬼桐  
寝たきりの祖母の部屋に入ったら、ベッドはもぬけの殻で開け放たれた窓のカーテンがはためいてるだけ

[ 42位 ] ひび  
死刑囚が耳を澄ます


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外界との接触を断たれた死刑囚が、独房で耳を澄ます様子もイイね。
どちらからも笑いとかじゃなくて、春の静謐さが伝わってきます。
こういうお題は、季節を巡る日本人の感性が疼くのかもね。

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【Page605】
雨の日が1ヶ月続くと (超合金うんこ伊忍道)

[ 4位 ] たか  
アパートの窓から川を見つめる下着の女が増える。


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これもいいですね。これが「空を見る」だと、まだ明日の天気を気にしているようだけど、
濁流となった川の流れを見ることで、雨のせいで無為に流れる今を諦観している感じが出てる。
単に洗濯物が乾かないだけだろうけど、下着で窓辺に立つ女性にも諦観の情景が合ってる。

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【Page209】
20年ぶりの小学校の同窓会。
一番の驚きとは!? (亜蓮)

[ 2位 ] ほろにが山  
突如降り出した雪の結晶が校章マーク


【Page184】
停電の時にしか出来ない面白い遊び (力士17歳)

[ 22位 ] 九十九  
月明りで人生ゲーム。


【Page142】
今年大人気だった台風17号ってどんな台風? (烈太)

[ 6位 ] MC  
止まない雨はないと教えてくれた。


【Page450】
台風の進路は、こんなくだらない理由で決められている (なかやまふうぞ君。)

[ 9位 ] べっこう亀 (十級)  
「空の青ささえ見えないと嘆くなら、俺が君の目になってやる」
と盲目の少女の頭上を


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それまでは風雨で盲目の少女をびしょ濡れにしておくワケだ。
で、台風の目の中に入ると暖かい日が差し込むワケだ。
盲目の少女はそこで晴れた青空を直観するワケだ。
まさに台風の目を通じてそーするワケだ。

最後に動物編。

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【Page451】
観覧車の中であんなことしてる (梅吉)

[ 5位 ] パセリ (六級)  
ネコが一匹夕日を見ていた


【Page280】
絶対に拾ってもらえる捨て犬の張り紙 (モモ)

[ 13位 ] 一里 (八級)  
世界中がお前の敵に回っても、俺にはそれがわからねえから


【Page574】
俺って死んだのかと気づいた瞬間 (粉雪)

[ 1位 ] 載ってない骨 (六級)  
犬いますシールを剥がされた


【Page487】
サルが本当に反省したときにとる行動 (いんく)

[ 1位 ] クラウド  
※トイレットペーパー以外のものは流さないでください

トイレにこもって反省していたサルは涙をグッとこらえた


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観覧車の中で猫が一匹夕日を見ている光景を想像するだけでご飯三杯はいけるし、
【Page574】もフツーに泣けるね。これが1位なんだから大したものです。
あと、最後のヤツはボケノート史上に残る名作だと思います。
どこに出しても恥ずかしくないレベル。
posted by 手の鳴る方へ at 02:25| Comment(2) | ネット大喜利・小咄板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月08日

ミャンマーのイルカ共同漁

NHK BS-ハイビジョン特集 イルカと生きる 〜ミャンマー・大河に息づく伝統漁〜

ミャンマーのイラワジ川には、乾季になると海からカワゴンドウというイルカがやってくる。
地元の漁師が舟に乗り、遡上して来たイルカの群れに「一緒に漁をしよう」と呼びかけると、
イルカのリーダーがそれに応え、群れで魚群を舟の近くへと追い込む。それを漁師が投網で掬う。
網から漏れた魚を効率よく捕食できるから、イルカにとっても漁を手伝うメリットがあるらしい。
人間の方も、イルカとの共同漁の漁獲高は通常の三倍だから、イルカと組むのはメリットがある。

何がスゴイって、野生のイルカが人間とコミュニケーションをとって漁に参加してるのがスゴイ。
漁師が飼育・訓練しているならまだわかるけど、先月まで海にいて遡上してきたただのイルカで、
イルカの寿命は短くないから、その川の漁師とは顔馴染みではあるんだろうけれど、
野生のイルカが、野生のままで人間と漁をしているからスゴイというか、とても不思議。
人間が他の動物と「Win-Win」の関係を築いている例はそうそう無いんじゃないか。


イルカは水面を尾びれで叩くその叩き方で、「漁をしよう」「ついて来て」「網を用意して」
「網を投げて」という合図を人間に送っている。それを野生のイルカがするからスゴイ。
日本のイルカ研究者と現地人の間には通訳がいたが、イルカと現地人の間には通訳はいなくて、
何度も繰り返すけれど、その光景は不思議だ。野生との距離感が普通と異なっている。


番組によれば、いつ頃からこの漁が行われているのかはわからないみたいだけど、
少なくとも、番組に出ていた69歳の老人の祖父の時代にはこの共同漁が行われていたようだ。
そこから100年の歴史があると見積もると、人間の側でこの伝統が受け継がれているように、
イルカの方でも代々、この漁法が親から子へ、子から孫へと受け継がれているのがわかる。


ただ、番組を見る限りでは、この漁法の将来は明るくない。
年々イルカの遡上する数が減っており、今では70匹前後しかいないそうだ。
川に電気を流して一網打尽にする漁法が知れ渡り、それでイルカが犠牲になるケースも出ている。
ミャンマー政府はカワゴンドウを国として保護する活動をしており、イルカを殺した場合、
(最低でも?)懲役7年の刑に処せられるそうで、軍事政権はそこらへんの罰則も徹底的だ。

人間の方にも、伝統的な生活の世界に、都市化の波がジワジワと押し寄せているようで、
若者は漁師よりも安定した収入を得られる農業を、村よりも町への出稼ぎを選びたいようだ。
人かイルカ、どちらかの伝統、親から子への伝達が途絶えたら、イルカ共同漁は終わってしまう。
ミャンマー政府はこの漁法自体にも、補助金を出すなりして保護する政策をとっている。


村の言い伝えによれば、昔々、漁師に恋をしたお姫様がいたそうで、
その恋が王様でもあった父親の怒りを買い、嘆き悲しんだお姫様は、
次は漁師の役に立つ動物に生まれ変わりたいと願い死んだそうです。
で、その動物がイラワジ川のイルカだと言われているワケだけど、
村人とイルカとの間には、別段、契約関係や主従関係があるワケではない。
ある村人はその繋がり・絆のことを信頼関係だと呼んでいた。

飼い慣らしたわけでもない野生に対する、その信頼関係は不思議だ。
「野生の」イルカなんていないんじゃないかとすら思えてくる。
それは野生の人間なんていない、言語矛盾だ、というのと同じ意味で。
posted by 手の鳴る方へ at 03:28| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

誰が共感して読むんだろう

NTT出版の「Intercommunication」がNo.65で休刊するらしい。創刊から16年。
「10+1」も廃刊らしい。ちなみに「Zino」も約一年で休刊。
そういえば「広告批評」も無くなるんだっけ? 読んだことないけど。
で、「思想地図」がいつの間にか出てた。あの「早稲田文学」(三年ぶりか!)も復刊。


「Zino」は別として、文芸誌・思想誌はパイを食い合ってるだけな気がする。
読者の新規開拓の手段として、雑誌を新刊・創刊ってのもきっとズレているし、
そもそも文学部の学生達が、そういう雑誌を必要としているのかはとても微妙。
雑誌が「情報誌」である限り、情報の扱いに長けたネットと競合するんだよね。


話は変わるけど、若い人たちの間で『蟹工船』が読まれているらしい。
まさか今の時代に、若者が自分のこととしてプロレタリア文学を読むとはね。
そう考えると、「フリーターズフリー」は見事に時機を得ていたワケだ。
おっさん達が「プロジェクト X」で戦後の高度成長期時代を懐かしく思い、
その下の世代は戦前、昭和一ケタ台に共感してしまうというこの倒錯ぶり。
さらにその下の世代になると、大正デモクラシーとか言い出すんじゃないか。
平成に眼を向ける奴はいないのか。平成はからっぽか。その方が夢詰め込めるのか。


「蟹工船」再脚光…格差嘆き若者共感、増刷で売り上げ5倍
2008年5月2日(金)15:13  YOMIURI ONLINE
http://news.goo.ne.jp/article/yomiuri/life/20080502-567-OYT1T00457.html



というか『蟹工船』くらいに今の労働環境ってヒドイの? 

最近、10年ぶりに保育園で中学時代の同級生と会ったんだけど、
子が1歳になってからフレックスタイムが適用されて、朝の9時にまだ園内にいたよ。
朝の9時だよ? 昔ならありえないよ。その分、帰る時間がタイトになるみたいだけど。
イイ世の中になったね〜、と私は普通にそう思ったんだけど、こんな話は例外なのかね。
そのうち『女工哀史』や「苛政は虎よりも猛なり」とかもブームになったりするのかね。
posted by 手の鳴る方へ at 04:31| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月03日

おっさんと電子楽器

「よそはよそ、うちはうち」



「あれ、このギター弦張ってないや」
「自分の人生を振り返ってみたら珍プレー特集になった」
「明日が仕事なんて気のせいだよ」
「じ、地震か!?」「ただのアル中だよ」「なんだそうか(ホッ)」


等々、名言が多いことと、一人称が「オイラ」の初音ミクで有名な作者の新作。
今回も「出てねー腹なんて背中と一緒だ」など、声に出して読みたい美しい日本語が満載。

曲調はギターが印象的。Primal Scream やDr.Feelgood なんかを連想させる。
寡聞ながら、意外とこういうストレートな曲調のVocaloid は少ない気がしますし、
ましてやこういうおっさん視点の内容を歌うVocaloid はいない気がします。
簡単に言えばこの作者の場合、曲も、それに絵にしても、初音ミク=作者ですよね。
初音ミクのキャラクターを無視して、同人誌的な文脈で作ってないのがイイです。
“調教”の上手さから言っても、恐らくこの人は古参のDTMer だと思うんですけど、
そういう人がキチンとインターフェースまで含めてVocaloid で創作しているのは面白い。
何よりどの楽曲も格好イイ。通奏低音としてある「適当でいいじゃん」って雰囲気も好き。


NHK‐BS2に「ザ☆ネットスター」という、色々と自重しない番組があって、
さっきも何気なく見てたら東浩紀やキョン子が出てて普通にビビッたんだけど、
以前、この番組のゲストの白田秀彰が、80年代、シンセサイザーで遊んでいた連中が、
21世紀に入って初音ミクでここまでの規模のムーブメントを起こせたことに感動した、
みたいなことを言っていて、そういう気持ちは何となく分かる気がするのです。

1209484027376.jpg


話は少し変わって、某所でこういう写真を拾ったんですよ。
この写真は素晴らしいよね。わかる人だけわかってくれればいいけど。
どこかのおっさんが酒呑みの歌を初音ミクに歌わせて、ネットで披露して、
白田秀彰が「彼らDTMer はここまで到達することが出来たんだ」と言うのって、
つまりはこの写真のような文脈、大袈裟に言えば音楽史の文脈があるワケで、
20世紀後半から21世紀に至る中で、電子楽器の世界はここまで変化したのかと思わせる。
ここまで大衆化、とまではいかなくても一般化したのは素晴らしいことだと思うのです。

だからこの写真はもっと評価されてもいい。何よりねんどろミクが可愛すぎるし。
で、時代の転換点を示唆するこの写真はとてもエポックメイキング的なので、
ここのサイトをお借りして、音楽雑誌「PLAYER」の表紙みたくしてみました。
顔が隠れたり、赤地に赤いフォントで最悪ですけど、冗談でいいからやってくれねーかなー。


playerMIKU-kraftwerk.jpg
posted by 手の鳴る方へ at 06:46| Comment(3) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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