2008年07月31日

『聖☆おにいさん』

中村光 『聖☆おにいさん』(講談社)
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パロディには政治なり映画なり野球なり医療なりドラクエなり、必ず元ネタがあるもので、
その元ネタがネタとして潤沢で、なおかつ大勢に周知されていればいるほど、
パロディとしては面白く、かつ評判になり易いと思うのです。

で、これは仏教とキリスト教のパロディ漫画。世界最強の元ネタだ。何と言うか、ズルい。
スクウェアとエニックスが発売した全てのゲームを元ネタにして漫画を描くようなもので、
データベースとしては最強だし、ブッダとイエスが一緒にいるだけで破壊力は五倍増し。
これに勝る元ネタは、多分もう現実世界しかない。でも、それって普通の漫画だよね。
だからこの漫画はズルい。何より二人の着ているTシャツの一言ネタが一番ズルいと思う。
「知らない×3」とか、自虐的だろ。(一コマだけ何故かブッダがこのTシャツを着ていたが。)

幾らでもマニアックなネタは作れるだろうけれど、今のところは常識の範囲内で回している感じ。
アガペーとか聖骸布とかシュワッキマッセェリ〜が一般常識なのかどうかは微妙ですけど。
あと、モーゼは「モーゼさん」と他人行儀に呼ぶのに、大天使は呼び捨てなイエスが面白い。
ちなみにブッダはちゃんと「ミカエルさん」ってさん付け。そりゃ余所様の大天使ですからね。
預言者ヨハネも同じように、どちらからも「ヨハネさん」と、さん付けで呼んでもらえてました。
そりゃイエスにすれば洗礼を受けた師匠ですし、ブッダにすれば余所様の預言者ですからね。
さらに言えば、アナンダはどっちからも呼び捨て。そりゃたかが十大弟子ですもんね。
でもスジャータはイエスからもブッダからも「スジャータさん」。何だその距離感は。
posted by 手の鳴る方へ at 07:17| Comment(2) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月26日

ポーニョ、ポーニョ

『崖の上のポニョ』(宮崎駿 監督 2008年 日本)
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予備知識一切無しで見に行った。以下ネタバレだらけ。
結論を先に言えば面白かった。作ってた方はもっと面白かっただろうね。


敵役のフジモトが前半に「人間どもが海を汚して云々」とか言うシーンがあったり、
底引き網の中に、魚やポニョと一緒にゴミやヘドロが大量に描かれていたりして、
「もののけ姫」的な、自然と人間の共生がテーマかと思えば別段そうでもなかった。
で、母親(ジブリ的な強い女性)との家族愛が主旋律かと思えばそうでもなかった。
車で坂を駆け上がり、迫り来る波から逃げるシーンは如何にもジブリらしくて良かった。
一方で、ポニョの履いているかぼちゃパンツがスクリーンの半分を占めているような、
エロゲみたいなアングルも何度かあって、それはそれでジブリらしいと思った。真面目な話。

また、現実の中のファンタジーの話かと思えば、現実は月の引力のせいか簡単に水没。
どう考えても世界規模で災害が生じているんだけれど、映画はそこまで視野を広げない。
で、現実が錬金術や魔法や観音様の世界観に侵食され、化石的な古生物が跋扈する始末。
(4億数千万年前は実際、月と地球の距離は、今の距離の5分の2強しかなかったらしいね。)
そうかと思えば、魔法により、ろうそくの炎で動くおもちゃの船を大きくしたりする。
魔法ではなくて、あくまで理科レベルの科学力で、世界を渡る推進力を得ようとする。

また、そもそもポニョはこの世界ではどういう風に見られているのかがイマイチ不透明で、
金魚と言ったり可愛いと言ったりした後に、「人面魚だ!」と台無しなことを言わせたりする。
(ポニョに対して「人面魚」は、飛空石に対して「バルス」って言うようなモノだと思うよ。)
別の所では、赤ちゃんはスープは飲めないけれど、母親が飲むことで赤ちゃんのための
おっぱいが出る、みたいな比較的落ち着いた話の、顔のアップのシーンが続いた後で、
島の自警団が漁船を引き連れて騒々しく現れ、拡声器で「用件は無いか」と言ったりする。
また、何故か自力歩行ができるようになった老婆達の頭上を、物々しくヘリコプターが飛ぶ。
急に現実に引き戻される。ポニョの妹(?)も、一匹なら可愛いけど、大量に集まると怖い。

そういえば船の墓場のシーンで、私は「紅の豚」の飛行機の墓場のシーンを思い出したし、
おもちゃの船を降りて、トンネルを通る直前のシーンでは「千と千尋の神隠し」を思い出した。
(ついでに言えば母親が「さんぽ」か何かの主題歌をワンフレーズ口ずさんでいたが。)
それも特にどうという話でもなくて、もっと言えば童話の「人魚姫」的な話になりかけて、
ポニョは人間になるか泡になる、でも生き物はみんな泡から生まれてきたのよウフフ、
みたいな感じにもなっていたはずなのに、当事者にはそこらへんの危機感もさして無かった。
で、RPGで言えばラスボス戦直前の会話シーンで、適当に「はい」の選択肢を三回選んだら、
見せ場も何も無いまま世界を救って、そのままエンディングが始まってしまったような展開へ。
しかも「どうやら感動的な」エンディングが始まってしまったから困るよね、そりゃあ。


書いていて、保坂和志が青木淳悟の『クレーターのほとりで』を褒めたやり方を思い出したが、
そんなことを言うとポニョが如何にも文学的だと思われてしまいそうだから深くは言わない。
とりあえず「面白い」とは言いたくて、悪口しか書いてないみたいだけど、全力で褒めてます。
私は途中、映画を見ながら色々考えていたし、終わってからも相変わらず色々と考えていて、
「全部見た、こんな話でこんなメッセージだった、面白かった、途中で何を考えていたかは忘れた」
とかいう感じでは無い。そこにある謎を解きたいワケでも無い。見事に解釈したいワケでも無い。
一点に収斂するような思考を求めない、腑に落ちない作品って色々あるじゃないですか。
と言うか、鑑賞者がジブリにそんな類の作品を求めているかどうかは別として、あるんですよ。

本気でポニョに関し、それっぽく解釈したいなら、クトゥルフ神話を持ち出すこともできるけれど、
ロリペドの面を被ったラヴクラフトなんて悪夢と言うか、悪趣味以外の何モノでもないからしない。
と言うか、そういう話じゃネェだろこれ、ということがそもそも言いたいんですけどね。
posted by 手の鳴る方へ at 07:46| Comment(2) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月24日

丸山眞男の『福沢諭吉の哲学』

丸山眞男 『福沢諭吉の哲学 他六篇』(松沢弘陽 編 岩波文庫)
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福沢諭吉は「君子は豹変す」という言葉通り、状況論的で柔軟な発想を貫き通し、
時として輿論が一方へと偏頗すれば、それに抗する天邪鬼の役をあえて請け負った。
ブロガーのような身軽さで論陣を張り、日本の啓蒙思想家の嚆矢としても超有名。

福沢が自由と進歩にとって必須のモノと考えたのは、人の考え方の多様性だった。
福沢が生涯を通じて儒教思想を排撃したのは、儒教特有の倫理観や自然観もさることながら、
それがガッチガチに凝り固まった、極端に画一的な教条主義であったからに他ならない。
自身を絶対化するイズムは、他者の自由を阻害し、人々の多様性を奪いがちである。だから悪い。


「単一の説を守れば、其説の性質は仮令ひ純精善良なるも、之に由て決して自由の気を生ず可からず。自由の気風は唯多事争論の間に在て存するものを知る可し。」(p.92)


日本国は福沢が存命中に各国列強と肩を並べ、一応の「脱亜入欧」を達成することとなるが、
近代が予定していた多様性や他者への寛容、独立不羈の個人主義は完遂されることはなかった。
ここら辺は、ポストモダンに浮かれる現代人にとっても重要な問題だと思うのですよ、ええ。
ちなみにこの「脱亜入欧」と言う言葉、福沢の代名詞みたいな扱いをされていたらしいが、
実際に福沢が「脱亜」という言葉をを用いたのは、『時事新報』の社説のたった一度きりで、
「入欧」に至っては(つまり「脱亜入欧」も)一度も使用していないらしい。(p.281〜282)
と言うか、今の時代には、福沢諭吉=「脱亜入欧」というイメージすら失せている気がします。


丸山眞男が福沢を読み解く鍵概念としているのが「惑溺」という言葉。
漢語・訳語として、語源的な話もしているが、その定義は、丸山の言葉を引用すれば、


あらかじめ与えられた規準を万能薬として、それによりすがることによって、価値判断のたびごとに、具体的状況を分析する煩雑さから免れようとする態度(p.84)


である。
ここら辺の論旨を眺めていると、近代化の中で蠢動していた啓蒙思想活動というものは、
一方的に、無知蒙昧な愚衆に知恵を与えるような、家父長的な活動だっだのでは無くて、
建前上でも、もっと大衆側の自主性を重んじ、自身の権力性に自覚的だったのだなぁと思う。
例えば、死ぬ三年前に福沢はこんな演説をしていて、私はこういうのは格好イイと思うのです。


成るだけ議論を多くするが宜い。決して大人君子が一声を発したからと云つて草木の風に靡く如く承知するでない。誰が何と云つても議論を喧しくして、さうして世の中の進歩に伴うではない。(略)だからますます世の中の交際を恐ろしく綿密にし、議論を喧しくして、人の言ふことには一度や二度では承服しない様に捏ね繰り廻はして、さうして進歩の先陣となつて世の中をデングリ返す工夫をする、と斯う云うことに皆さんも私も遣りたい。私は死ぬまでそれを遣る。貴方がたは命の長い話であるから、何卒して此人間世界、世界は率ざ知らず、日本世界をもつとワイワイとアヂテーションをさせて、さうして進歩するように致したいと思ふ。それが私の道楽、死ぬまでの道楽。何卒皆さんも御同意下さるやうに。(p.114〜115)


理解だとか合意だとかは、「ワイワイ」を封じ込める分、意見の対立よりもマズイはずで、
今の世の中は何かあれば「理解」だとか「説得」だとか、最悪の場合「妥協」を求めるけれど、
そういう類の合意が何故、意見の相違よりもイイとされるのかをもっと真剣に内省すべきです。
というかそこに理由なんか無いはずで、理解し合えなきゃ成立しない社会は滅んだ方がいい。
理解し合わなくてもそれなりに成立する社会の方がイイし、実際に今ある社会はそうなっている。
「分かり合えるって素晴らしい」的なメルヘンは、戦後日本のマズいフィクションだと思います。

と、私の意見はどうでもよくて、若者をアジるこのジジイは格好イイだろどう考えても。
まぁ私は議論もジジイも大嫌いですけどね。本当はね。
posted by 手の鳴る方へ at 10:50| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月20日

『メディアと情報化の社会学』

『メディアと情報化の社会学』( 岩波講座現代社会学 22 岩波書店)
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パソコン通信がまだ現役だった96年に編集されたメディア論の論文集。
全体的にカルチュラル・スタディーズの流れを取り込んだ論となっており、
何となく時代に追い越されて、取り残されたような論旨が続いているけれど、
メディア論の入門書としては最適。ただしそもそも手に入り難い本ではあるが。


マクルーハンとグールド(ヴォイジャーに乗って時空を進む複製技術時代の音楽!)の話や、
電気技術黎明期のエレクトリシャン、双方向的なメディアとなる可能性もあったTV等々、
面白い話題はたくさんあったけど、まとめて語ることは無理なのでリテラシーについてだけ。


メディアを通じて受容・鑑賞したり、活用できる能力のことをリテラシー能力と呼ぶとして、
その能力は「能力」であると同時に、「権力」にも近いことは改めて確認しておいてもいい。
例えは何でもいいんだけど、2ch、お笑い番組、政治ニュース、クラシック音楽、ジャズ、
前衛絵画、能楽、コンテンポラリーダンス、フィギュアスケート、生け花、「萌え」等々は、
その良さを理解し、批評する前提として、(拡大解釈した意味での)リテラシーが求められる。
理解しない者からすれば、それらの良し悪しがわかり、入り込める者はなにやら秘儀的に見える。
それは文字を知らない人々が、インクの染みから意味を見出す人々を魔術的だと思うのと似ている。


共通のリテラシーを有し、その磁場の中で語り・批評できる人々は、一種の共犯関係にある。
彼らはリテラシーを活用して作品を作り、文字を書き、そこからメッセージを読み取るけれど、
それは演者と観客、見られる者と見る者のような、純粋で客観的に対立した関係ではない。
サッカーの12人目の選手達は、ただ応援し、見ているのではない。彼らは客席でプレイしている。
競技場には見る‐見られるの関係は存在しない。フィールドも客席も一つの舞台上にあり、
そこでは全員がサッカーに参加し、興じ、情報の発信者と受信者が渾然一体となっている。
そこで彼らが共有しているのがリテラシーだ。試合後、批評家は共犯者に関して何事かを語り、
作品はそれによって、あたかも客観的な価値があるかのように立ち振る舞うことができる。
リテラシーを共有しない者だけが、プレイに参加することなく、客席で眼前の光景を「見ている」。
非共犯者には何が何だかわからない。わかっている者達は、自作自演的に評価をしてみせるが、
そこに真実などありはしないし、そもそもそんな大層なものは、誰からも要求されていない。

リテラシー能力は、パノプティコンのような視覚的な権力ではない。それは触覚的だ。
客席やTVの前で全身を巻き込まれ、ある物事についてそれっぽいことを語ったりする。
TVや雑誌や2chはリテラシーを教え込む。それらは劇場や競技場の延長なのだと言える。
それらメディアはメッセージであり、私達は常時、舞台上で何者かとの共犯関係に属している。
日常を覆う電気と電子のメディアにより、リテラシーは浸透し、「ただ見る者」は姿を消す。
舞台の外には何もない。客観的な世界は不在であり、シミュラークルがそれに代替する。
現実は存在しなくなる。ということはそれを媒介するメディアも存在し得ないだろう。
と、斉藤環とは違った意味で、ボードリヤールもメディアは存在しないと言っている。
(『シミュラークルとシミュレーション』 竹原あき子 訳 法政大学出版局 p.108 )


まぁ、『メディアと情報化の社会学』には、こんなことまでは書いてなくて、
どこまでが私の意見で、どこまでが私の意見でないか、一つ一つ指摘するのは面倒臭い。
色々と考えさせられる面白い本でした、とそんな感じでお茶を濁しておく。
posted by 手の鳴る方へ at 08:00| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月19日

ボケノートクロニクル8 〜お前は何を言っているんだ〜

ある冬の朝、街角に血を流して倒れている老人がいた。
善良な市民達は彼を取り囲み、手持ち無沙汰に医者の到着を待っていた。
ある市民は、息苦しいだろうと、老人の外套のボタンをはずした。
またある市民は、寒いだろうと、老人の外套のボタンをつけた。
外套のボタンがつけたりはずされたりしているうちに老人は死んだ。



終わって久しいネット大喜利サイト「ボケノート」に投稿されたボケを、
みんなが忘れた頃になって、主観的な見地からピックアップするコーナー。
この外套の話って何の話でしたっけね。どっかで読んだんだけど。

今回のテーマは意味不明な文章。
意味不明なコトを書いておけば、意味不明だしきっと面白いよね。
採点者も勝手に深読みして、それなりの点数をくれそうだよね。
この安易な発想に逃げ込んで下位に叩き落される者は多いと言い伝えられています。
ナンセンスなボケは、意味不明、お題無視で低い点をつけられるリスクが高いのです。
意味不明な文章にしたところで、やっぱり言葉選びのセンスが問われているのです。

今回はそんな戯れの成功例を見ていきましょう。

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【Page45】
された相手が全然いやな気持ちにならない靴隠しの方法を教えてください (力士17歳)

[ 12位 ] Kagem
発見したときボンカレーかと思うほどおおげさな演出がある


【Page46】
あなたが「俺ってもしかしたらロボットかも」と思ったのはなぜですか? (力士17歳)

[ 36位 ] 鬼やんま
だって俺恥骨ついてるからフルーツじゃないし


【Page76】
ボクシング新世界王者誕生。チャンピオンのコメントに観客大ブーイング、なぜ? (猫流星☆彡)

[ 7位 ] 横穴スケべ椅子ターズ
うっひゃっひゃ!この茶番はただの時間かせぎだ!
今頃駐車場は、スパゲッティ地獄よ。


【Page89】
世界中の医薬品を取り揃えた大型ドラッグストアが閑古鳥な理由 (かす)

[ 23位 ] 瓜
店で貰えるお菓子を食べて
家に帰ってうんこしてそれを家族が食べると全滅する


【Page594】
学校のアイドルが三年間、隠し続けていた秘密 (がちゃぴん)

[ 9位 ] ピーターソン (七級)  
南野陽子と同じ位置に肺がある


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なんかもう突っ込むのも面倒臭いよね。
今回は全部こんな感じです。

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【Page156】
今年のノーベル平和賞を受賞した人の行なった平和活動とは? (能登かわいいよ能登)

[ 26位 ] おにぎり小僧 (一級)  
テロリストの要求を押し切って、試着室の中から恥ずかしそうに首を出した


【Page96】
第二次世界大戦中、敵国の兵士と遭遇した時に敵意がないことを示すため軍人がとった行動とは? (KEL)

[ 3位 ] 鯖キック
敵軍の♀キーホルダーに自軍の♂キーホルダーを挿入することで
それまで隠れていた森の動物達が一斉に祝福してくれる


【Page190】
夜中のコンビニ店員が密かにしてる暇つぶし (U-BOT)

[ 19位 ] さかも党<駄作王>  
トイレサウジ(トイレをサウジアラビアっぽく内装する)


【Page204】
どの生徒にもやってもらえなかった日直の仕事 (西さん)

[ 8位 ] 竹仙人  
校長のフェラーリをメンマと取り替えてくる


【Page214】
爆弾魔が列車に爆弾を設置。その爆弾の起爆する条件は? (ろりはら)

[ 32位 ] わんたん  
コタツに入りながらパソコンをやっていて、うっかりミカンをクリックしてしまったとき


【Page336】
久しぶりに卒業アルバムを見て気付いた事実 (旗 - 蛙)

[ 23位 ] 和式TOTO  
なかなか閉じないなぁと思ってよく見たら、卒業アルバムじゃなくて卒業神マルヒャムだった。


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ここら辺はまだお題に合わせてボケようとする気概が感じられます。
でも深く考えれば考えるだけ時間は無駄になる気がします。
お題を隠してボケだけ見ても結構面白いですよね。

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【Page232】
やってみたら意外と世界初だったこと (アメリカの商人)

[ 13位 ] 吉兆 (弐段)  
金魚をこらしめていると
肉じゃがができた


【Page250】
ポチが警察犬になりそこなったわけ (モモ)

[ 42位 ] おかやま (二級)  
10℃以下になると球体になって高温の蒸気を噴き出しながら飛んでいってしまうし、金魚だから


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金魚2連発。【Page232】のボケなんかは完全にセンスの問題です。
考えれば考えるほど脳細胞が片っ端から腐っていく感じがします。
そのくらい意味がわからないのです。1行目と2行目が全く繋がらないのです。
あと、吉兆さんは他に、こんなボケで1位を取っていますね。
虫こないさんのボケとあわせてどうぞ。

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【Page291】
牛丼屋バイト面接で「この質問、関係ないじゃん?」と思う内容 (がちゃぴん)

[ 1位 ] 吉兆 (弐段)  
「そのジョウロ、先っぽ外せるの?」

「はい」

「ごはんとかつまるもんね」


【Page278】
警察学校の新入生100人にアンケートした結果、たった一人が答えた警察官の志望動機とは? (かす)

[ 6位 ] 虫こない (九級)  
闘牛士に「なぜ闘牛士になったの?」と聞くスペイン女は
ケツが真っ赤になるまでぶたれるというよ


【Page391】
捕まって少年院に入る時に言われる、こんな注意事項 (かす)

[ 15位 ] 虫こない (九級)  
パンを焼くカリキュラムがあるが窯が壊れてるという事
そしてその窯は修復が不可能だという事


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お気に入られ数ナンバーワンだった虫こないさんのボケは多様です。
【Page278】のボケは、お題が想定している回答からズレているんだけど、
発想はもちろん、文章の完成度も高いから全く問題ありません。
【Page391】は実験的な解答で、「笑えない」と言ってもイイと思います。
それを踏まえての15位です。戸惑って半笑いになる、嫌な感じの面白さです。
情報としての意味が無い、空虚な、まさにナンセンスな解答なのです。
posted by 手の鳴る方へ at 09:52| Comment(0) | ネット大喜利・小咄板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月13日

文学のイメージとしての童話・童謡

友人と話していて、たまの「さよなら人類」の話になった。Wiki によれば1990年のリリース。
友人曰く、「これほど詩的な歌詞も珍しい」そうで、言わんとすることは何となく分かる。
実際に歌詞を見てもらえば分かるけれど、明らかにJ-POP とは世界観も語彙も異なる。
「イカ天」の審査員として、大島渚は、「童話の単純さと恐ろしさがある」と評し、
丸山圭三郎も、谷内六郎の絵や北原白秋の「雪のふる晩」を連想したと語っている。
個人的には中原中也の「骨」なんかを連想します。自意識の乏しい中原中也っぽい。

要するに「さよなら人類」って文学の香りがするよね、と言いたいワケです。
ここで、逆にJ-POP には文学が無い、と十把一絡げに断言するのは随分乱暴な話で、
例えばかつてNHKの「人間講座」で、詩人のねじめ正一が詩の講義をしてたんだけど、
その最後で椎名林檎の歌詞(確か「歌舞伎町の女王」)をテーマに取り上げてまして、
J-POPにだって詩や文学の臭いを漂わせているモノは結構ある気がするんですよ。


で、ここでふと思うのが、今こうして詩だとか文学だとか口走っているんだけど、
「さよなら人類」にあって多くのJ-POPに無いと思っている文学の正体って何だろう?
もっと言えば90年代以降のトレンディドラマ、小室プロデュースの楽曲、ジャニーズ一般、
「浜崎あゆみの歌詞」から派生したような今のケータイ小説の、文学性の「無さ」って何?
ケータイ小説が文学じゃないと思ってる人は多くいるだろうけれど、君らの考える文学って何?
と、そんな話になったワケです。今更文学もねーだろバーカ、と思わなくも無いですけど。


漠然とした話だけど、J-POPは「さよなら人類」的な詩情、童話の恐ろしさを冷静に切り捨てて、
資本が大々的に絡んだ恋愛至上主義へと突き進む。何も90年代に始まったことじゃないけど。
で、「歌って踊れる」チャラい音楽が席巻し、その後から浜崎あゆみが98年にデビューし成功。
詩情に欠けた浜崎あゆみの歌詞の世界から、ケータイ小説的なものが現れたとして、これも成功。

J-POP は恋愛を歌わなければならない。その中心には抽象化された個人を据えなければならない。
「私」や「あなた」や「彼」や「彼女」のいない歌詞世界は、J-POP にあって存在が難しい。
ちなみにこういう「個人」不在の、非J-POP系の歌が何と呼ばれ、イメージされているかと言うと、
童謡の延長線上にある、NHKの「みんなのうた」として認識されやすいのかな、とも思う。
まぁ、初音ミク楽曲の、「みんなのミクうた」系のオリジナル曲を見てそう思っただけだし、
これにしたって「みんなのうた」にしたって、恋愛を歌った歌なんて幾らでもあるけど。

ちなみにケータイ小説は、見事に人間中心の物語だけど、大抵の小説は人間が中心です。
「あまりにも人間とその運命しか描かれていない」って言えないこともないけど、
ケータイ小説と普通の小説の差異を、必死に探して必死に主張するのは下らないよね。

J-POP は童話や童謡の世界観を切り捨てた。それでJ-POPに連なるサブカルを非文学だと言う。
と言うことは、文学の香りの正体は童話や童謡じゃねぇのか、と、そういう仮説も立てられる。
NHKで放映されていたアニメの『電脳コイル』なんかも、随分と評価が高かったようだけど、
あれにしても「童話の単純さと恐ろしさがある」物語で、迷子論として語ることだってできる。
宮崎アニメの文学性もそんな感じがしないでもない。文学的なのかどうかは知らんけど。

と言うか、非J-POP的なものはとりあえず文学・詩的だと思ってる節がある。個人的に。
そもそも童話・童謡って何? という話は難しい。童話や童謡は何を語っているのだろう?
ちなみに童謡・童話は決して「子供騙し」なのではない。子供騙しなのはJ-POP の方で、
相手が欲しているモノを、相手が欲しているパッケージで目の前にぶら下げるのが子供騙しだ。
それをもって「商業的」と呼ぶのは構わないけど、大抵の文学だって商業的だからね。
posted by 手の鳴る方へ at 05:48| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月11日

谷崎潤一郎の『文章読本』

谷崎潤一郎 『文章読本』(中央公論社)
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作者も冒頭で述べているように、散文を書くための文章読本。
小説を書きたい人よりも、プレゼンの上手な文章が書きたい人向き。
あるいは政治のマニフェストを、もっと巷間に知らしめたい人向き。

芥川賞作家の藤沢周が前にどこかで書いていたんだけど、藤沢周は、
文章を書くときはページの中のひらがなとか漢字の割合に気を使うらしくて、
そういうのって、小説だけの話じゃなくて、ブログにも当てはまる気がします。
パッと見で、漢字がズラズラ並んでいると何となくスルーしたくなります。
思想書だったら慣れたモノだけど、ブログで漢字だらけなのは未だにキツイ。
自分の書いた文章ですら、そういう文章は読んでいて面倒臭いし。
あと、2ちゃんのコピペとかでもキツイのがある。例えばこんなの。


578 :金持ち名無しさん、貧乏名無しさん:2008/07/10(木) 08:31:25

  ◆小泉内閣の失政により、日本の内需はガタガタの状態

「小泉構造改革」の結果、総中流社会は崩壊して貧困層が拡大した。
日本経済は縮小して税収は激減、財政赤字はさらに悪化して赤字国債は700兆円をも突破した
多くの中小零細企業が倒産し、失業者、フリーター、ニートが増え、自殺者は年間3万人を突破した。
犯罪も激増し、かつて最も安全な国だった日本は先進国最悪の犯罪社会となった。
対米盲従歴代の内閣で最もアメリカに忠実で、「小泉構造改革」は、「日本を米国政府好みの国に改造する」ための改悪である。
政策は「丸なげ」と言われてたが、対米追従と軍国化への道は確実に進めた。諸政策は「要望書」のデッド・コピーとされる。
郵政民営化も米国の要請日本国民の財産である350兆円の郵便貯金と簡保資金がアメリカのハゲタカファンドに狙われている。
米国政府は3回にわたり「要望書」で正式に日本に郵政民営化を求め、小泉内閣はこれを受け入れた。
郵政民営化法案の内容と2004年度の年次改革要望書の内容が酷似している。ブッシュ大統領との密約もあったとされる。
いずれにしろ、内需が壊滅状態になっており、景気後退は著しいものになることは覚悟しなければならない。



これを名のある学者や新聞が書いたのなら読むけれど、名無しの文章ならまず読まない。
2ちゃんの文章は三行が基本。あと、これを紹介しつつ、私はこの中身を読んでないからね。
と言うか、パッと見で何となくわかる文章だよねコレ。

『文章読本』も、文字の概念的な側面だけでなく、というかそれは二の次で、
視覚的・聴覚的な側面をとても重要視していて、小説家と言う人たちは、
こういうことを考えて、繊細な感覚でモノを書いているのかと感心します。
とは言うものの、内容自体は「分かり易く書け」とか「偉そうに書くな」等、
アリガチな内容で、読みやすい文章読本なら、きっと他に幾らでもあります。

あと、日本語はおしゃべりに適さないとか、「巧言令色鮮矣仁」とか、
そもそも日本人は寡黙を良しとするとか、国民性として沈黙するだとか、
そういう今も変わらぬ保守派にアリガチなことも谷崎潤一郎は書いている。
弁論術が発達してないだけで、おしゃべりに向かない言語とは言い過ぎで、
今にして思えば、沈黙を良しとするのは家父長的な古典的エリート層だけで、
もちろんそこには戦前、あるいは戦後の文人も含まれているんだけど、
それ以外の人達は結構おしゃべりだったんじゃないか、という気がする。

この手の話になると当然のようにエリート論や大衆論になるよね、そういえば。
posted by 手の鳴る方へ at 05:04| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月07日

ボケノートクロニクル7 〜バイオレンス!〜

たいていの現実主義者にはユーモアがある。
このユーモアのおかげで彼らは現実主義者でいられるのだ。


終わって久しいネット大喜利サイト「ボケノート」に投稿されたボケを、
みんなが忘れた頃になって、主観的な見地からピックアップするコーナー。
現実の矛盾を告発し、その後どうにかなると思ってる輩はユーモリストです。


んで、前回がエロスだったので、七回目となる今回はバイオレンス。
意味不明の暴力で無理矢理にオチをつけるやり方は、大昔からの常套手段でして、
例えば古代ギリシア劇の機械仕掛けの神(デウス・エクス・マキナ)なんかがそうです。
漫画やコントの爆発オチ、ドリフの書き割りの背景がバタバタ倒れる演出もそんな感じです。
暴力とは違うけれど、漫画・アニメ、(あと映画もか)の『ONE PIECE』のアラバスタ編の最後、
ラスボスを倒したのに群集の暴走が止まらないときに、都合よく雨が降ったりするのもそうです。
誰一人コントロールできない混沌の最中に、その場にいた全員が理解できないことが生じて、
その場にいた全員の動きが止まり、そこから新しい秩序が発生したりなんかするのです。

ベンヤミンは暴力を神的暴力と神話的暴力とに分けましたが、上の例は前者っぽいですね。
というか、演出家の苦し紛れ(多分)のデウス・エクス・マキナは、意外に神的暴力です。
では後者の、神話的暴力は何かと言うと、ツッコミのボケへの突っ込みが神話的暴力です。
ツッコミはボケを矯正するかのように突っ込みます。それは常識的で、何より教育的です。
教育だからそれは反復して行われますし、逆に言えばボケは擬似的に教育・矯正されてます。
ボケはそもそも視界の外へと排除され、抹消される記号なのです。特に社会的に見て。

何か難しいことを意味深に書いてますが、要するに今回は殴ったり蹴ったり爆発したりします。

まずは殴ります。人は理不尽な目に会うと、誰かを殴らずにはいられない弱い生き物なのです。

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【Page325】
エレベーターガールが緊急停止したエレベーター内で取った行動 (にーにー姫)

[ 1位 ] にーにー姫 (一級)  
「ね、言ったでしょ」
と言ったデブをぶん殴る


【Page127】
無人島に流れ着いて最初にすること。 (寝つきいい狐)

[ 2位 ] 殿様飛蝗  
先に着いてた浮き輪をぶん殴る


【Page566】
跳び箱を飛び越えた先に待ち構えていた最悪な事 (gobackAtex)

[ 8位 ] 接続詞 (肆段)  
電卓の「C」ボタンを踏んで会計士にぶん殴られた


【Page341】
日本野鳥の会から退会命令が出た藤沢さんの言動 (モモ)

[ 29位 ] 鉄の社長  
野鳥はぶん殴れないからヤクザぶん殴ってたら、本部が更地になった


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最後のは本人が理不尽。
あと、【Page127】もいいですよね。ちゃんと仕事をしない浮き輪が悪い。

次は爆発・破壊編。

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【Page506】
動物たちが運動会をするとこうなる (若いころの高倉)

[ 1位 ] マテス  
アシカが「みんな、ありがとね」と言ってから爆発する


【Page16】
子供がペットショップで号泣している。何があったんだろう?(手の鳴る方へ)

[ 3位 ] 撥条
「いたいのいたいの、飛んで行け〜」と飛ばした先のシマリスが木っ端微塵に


【Page107】
F1のピットイン。本当は何やってる? (どん君)

[ 28位 ] 虫こない (九級)  
スタッフが作った砂の城を破壊


【Page388】
キューピーちゃんが裸でも笑っていられるわけ (てふてふ)

[ 7位 ] 石油王子 (初段)  
人形の久月の社屋が鉄球で破壊されている


【Page400】
料理番組に苦情が殺到した理由 (マヨネイヅ)

[ 3位 ] ぽすたー (九級)  
キューピーの頭をくり貫いたのが包丁立てにされてた


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おごれるキューピーも久しからず、只春の夜の夢のごとし。

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【Page607】
ホッチキス名人の山田さんが成し遂げた偉業 (ありあり)

[ 19位 ] 腋 (九級)  
浮気したとき嫁に真っ二つに折られた


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ちなみにこのコテの方、恐妻家で有名。
多分、実際に携帯は折られてると思います。実体験だと思います。

続いて、死んだり怪我したり。

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【Page19】
子供の夢を壊すなとよく言いますが具体的にどういうことはNG? (たんちゃろう)

[ 2位 ] HAxAHAxA
「たかいたか〜い」すると、窓からお隣の無理心中が見えた


【Page70】
学校着いてから気がついた「母ちゃん何やってんだよ。」な出来事。 (おかのん)

[ 3位 ] 夏色の色えんぴつ
ジャポニカ学習帳の表紙の象が猟銃で撃たれ、その横では切り取った牙を片手にガッツポーズの母。


【Page250】
ポチが警察犬になりそこなったわけ (モモ)

[ 5位 ] 赤黄色 (二級)  
お手で3人殺した


【Page525】
ミス我慢がオーディションでやった我慢アピール (スキンシップおばさん)

[ 1位 ] HIZ (七級)  
審査員「変わった水着ですね」
ミス我慢「かさぶたです」


【Page249】
2005年やせ我慢コンテストを準優勝に終わった西川さん。敗因になった彼が唯一我慢しきれなかった事とは? (猫まっしぐら)

[ 2位 ] 骨董鉄也  
腕力だけで髪を散髪された


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最後の2つは如何に面白く、如何にサディスティックな状況を考えるか、
という難しい要求に見事応えての上位。書き方も上手いと思います。

最後に同じお題から2ネタ。前々からパンダの見た目は媚びてると思ってました。
アイツは絶対に影で他に悪いことしてる。カモシカに根性焼きとかしてるはず。

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【Page597】
パンダの人気が急落した原因 (クリスマッケンジー)

[ 1位 ] BC (初段)  
黒い部分を右腕に集めて殴る

[ 11位 ] プーさん (九級)  
台風の次の日の朝に自転車が倒れているのは、強風のせいではなくパンダが蹴り倒していたからなのです

posted by 手の鳴る方へ at 06:23| Comment(0) | ネット大喜利・小咄板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月05日

「コーラ的なもの買ってきて」

バイクのメンテナンスをして貰っている最中、何気なく店内にあったバイク雑誌を手に取ると、
そういう雑誌にも読書欄というか、質問コーナーというか、そんなページがあるらしくて、
そこに『「コーラ的なもの買ってきて」と頼まれたけど、何を買えばいい?』というのがあった。

この「コーラ的なもの買ってきて」という指示を、高校の頃から私は後輩に出してきた。
それはワザとそういうことを言ってみせて、相手がどういう反応をするか、何を買ってくるか、
そういうことに興味があるからで、悪く言えば彼らの人柄を見積もるつもりでよく利用した。
私の記憶が確かならば七人に言っている。後輩や部下から見れば碌な奴じゃない。


「コーラ的なもの買ってきて」という命令と、それを受けてのリアクションは、
言語ゲームや人間関係のディスコミュニケーションの本質をそこそこに照らし出す。
基本的にこの問いに正答は無い。せいぜい指示する私がガッカリするか、面白いかだし、
これで私がガッカリしたからといって、相手の能力が低いことが証明されたわけでもない。


目上の立場であるAが、1000円札を出して、地位的に弱い立場のBに上記の命令をする。
Aの目的はコーラ的な何かが欲しいわけではなく、この問いにBがどう動くかである。
発話前後の文脈はとりあえず無いものとして、考えられるパターンは幾つかある。


@ Bはこの問いの真意(自分はAに試されている)に気付くか否か。

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posted by 手の鳴る方へ at 07:28| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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