2008年11月14日

ボケノートクロニクル12 〜レトリック教室〜

体温計くわえて窓に額つけ「ゆひら」とさわぐ雪のことかよ


終わって久しいネット大喜利サイト「ボケノート」に投稿されたボケを、
みんなが忘れた頃になって、主観的な見地からピックアップするコーナー。
上は、高橋源一郎が新聞の書評か何かで「俵万智が300万部売れたのなら、これは3億部売れても
おかしくないのに、みんなわかってないな」とか言った、穂村弘の第一歌集『シンジケート』から。
この人も、現代短歌も、若い人たちにもっと読まれてもいいと思います。

今回のテーマはレトリック。まぁ、大喜利なんて全部レトリックみたいなもんだから、
このテーマはあって無いようなモンです。要は「モノは言い様」ってことです。
まずは慣用表現を逆手に取ったネタを幾つか。

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【Page194】
本気を出した鬼に桃太郎が負けた場合のその後の展開 (クニオ)

[ 14位 ] まき絵  
本気出した鬼も鬼じゃないのでなんだかんだ言いながらも許してくれる


【Page174】
階段の発想がなかった時代に人が高い所に上る為に使っていた手段 (千春)

[ 22位 ] クラインな壷  
「高い所へ行けない!」という悔しさをバネにして。


【Page121】
座敷童子を見つけたときにやってはいけないこと (優曇華)

[ 14位 ] 能登かわいいよ能登 (七級)  
それで鯛を釣る


【Page408】
許せる医療ミス (夕焼けの丘)

[ 6位 ] 爆弾人間 (二級)  
目の付け所が違う


【Page232】
やってみたら意外と世界初だったこと (アメリカの商人)

[ 36位 ] 鬼桐  
何もない空間で、泥んこになるまではしゃいだ


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現実とか再現可能性をそっちのけで、言葉の中だけで適当なこと言ってます。
散文と詩の境界線はそこら辺にありそうです。
そもそもそんな境界線があるのかは知りませんが。

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【Page443】
最近のヤクザはこう落とし前をつける (嘘つきイワシタ)

[ 5位 ] ファザーマッカー  
生きたまま卓球させられる


【Page515】
出てきた料理が注文と違った時のかっこいい返し方 (不動)

[ 8位 ] 砦N(トリデン) (初段)  
傘もささずに返す


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つまり私達は、客席からの拍手も無いのに目覚ましを止めて、
傘もささずに布団から出て、
マスコミが沈黙する中、トイレに入り、
大国の思惑とは別のところでパンを食べ、
武器も持たずに歯を磨き、
その後の運命も知らずに服を着替えて、
誰にも守られることなく靴を履き、
玄関を開けたのに政治家は何もしてくれず、
生きたまま学校や会社に行くわけです。

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【Page225】
「それはお前を食べるためさ!」
これにマンネリを感じた狼が考えた新しい決め台詞とは? (KEL)

[ 14位 ] 雪村  
僕の味噌汁になってください。

[ 14位 ] Cypripe  
食べるためさ!お前をそれは


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大喜利なので、表現が成功していても、失敗していても、面白ければ同順位です。
続いて、失敗していたり、間違っている例を幾つか見てみましょう。

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【Page500】
思わず目を疑った交通標語 (サフテフ画)

[ 17位 ] Kagem (二級)  
歩行者を天国に


【Page217】
あまりにも強すぎる宇宙人相手にウルトラマンがとった最終手段 (アメリカの商人)

[ 9位 ] スターライト歌舞伎  
足ダーンってやったら つま先からナイフがジャッて出て最初の「ジョア!」で宇宙人はブァってなるからそこをドン


【Page187】
蚊1000匹に聞いたアンケート「今のあなたの悩みは何ですか?」で1位に輝いた回答とは? (千春)

[ 19位 ] 富野副部長  
もう少し簡単な名前で気軽に呼んでほしい。


【Page256】
Aさんが世界一のコンビニ店員に選ばれた理由とは (茄子の妖精)

[ 50位 ] こげ  
「いらっしゃいませ!」
これが普通なのにAさんの言い方は
「いらっしゃいませ!」


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最後のネタは文字表現の死角を突いた面白いネタですよね。
吉田戦車が漫画表現の死角を突いたネタをやってましたが、あんな感じです。

最後に、新しい比喩表現やレトリックを紹介。大喜利の醍醐味だと思います。

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【Page465】
夏祭りの露店に腹を立てた理由 (あじあん★ていすと)

[ 4位 ] ぽこぽこ言うな (七級)  
「運動会前夜の来賓テントか」と思わせる低さ


【Page438】
ラブホテルに誘われた時の大人の断り方 (梅吉)

[ 4位 ] ZSK (七級)  
「あたい、回遊魚だからさ」


【Page234】
担任に「そうか、よくがんばった!」
と言わせた遅刻の言い訳 (アメリカの商人)

[ 2位 ] どん君  
「五十三次に次ぐ五十三次で・・・」

[ 17位 ] 侍  
ナイフでステーキを切るような仕草のあとに3本指を立て
「帝王切開、朝から3件」を手振りで表現


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最後のは、2位のネタも見事ですけど、17位のネタも面白い。
きっと小指と薬指と中指を立てるタイプの「3本指」だと思います。
あえて喋らないあたりに、できる大人の嫌らしい感じが滲み出ています。
【Page438】のネタも秀逸ですね。主語が「あたい」なら何を言ってもいいのです。
「あたい、ジンバブエドルだからさ」とか、「あたい、カーネルおじさんだからさ」とか。

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【Page94】
あの子がクラスメイトから‘女優‘と呼ばれるわけ (KEL)

[ 5位 ] 地下鉄サム
スクリーンと呼ばれている女子が後ろに立っている


【Page383】
回りくどすぎて伝わらなかった愛の告白 (アメリカの商人)

[ 9位 ] モチヅ250 (二級)  
このダムより大きいダムがある


【Page300】
カレーを一ヵ月間寝かせると起こる現象 (猫親父)

[ 1位 ] プレミア  
子供に赤ちゃんの作り方を聞かれたらインドではこう答える


【Page370】
世界地図を見て気づいた新発見 (アメリカの商人)

[ 6位 ] ヘレンケラー (七級)  
ほとんどの国がかき揚の形をしている


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確かに国ってかき揚げの形してますよね。アフリカなんかは別として。
国境線のデコボコな感じと、その内部の無表情さは、かき揚げそのものですよね。
あと、さらっと紹介している【Page383】のモチヅ250さんのネタですが、
ボケノートの全てのボケの中でどれか一つを選べと言われたらこれを選びます。
語ると長くなるので語りませんが、個人的に一番です。

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【Page486】
過密スケジュールと超過密スケジュールの違い (梅吉)

[ 7位 ] かぎもっち2号  
カレンダーの「Sunday」の字が黒くなる


【Page479】
「涙じゃないよ、心の汗だよ!」の名台詞に代わる
泣いている時の言い訳は? (美しい世界になる予感)

[ 9位 ] パッショな坊 (六級)  
力士はこれも「ちゃんこ」と呼ぶんだよ!


【Page583】
今日は羊を数えてもなんだか全く眠れません。なにか眠りにつくための新しいテクニックを教えて下さい。 (夕刊フロンティアS)

[ 3位 ] てふてふ (二級)  
朝帰りのソープ嬢がだるそうにガードレールをまたぐのを数える


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この最後のネタも大好きです。シープごときじゃ現代人の不眠症は解決しないのです。
そんなマシュマロみたいな空想ではなく、リアルな劇薬を一服盛らないと眠れないのです!
眠るために、目覚めていなければならないという不条理! なんという世の中だ!!

と、それはいいとして、社会のそういう光景を切り取ってくるか、と思わせてくれるネタです。
羊が柵を飛び越えたのを数える、という構図を踏襲しているのも、作者の力量を感じさせます。
posted by 手の鳴る方へ at 10:53| Comment(4) | ネット大喜利・小咄板 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月10日

『学問とわれわれの時代の運命』

カール・レーヴィット 『学問とわれわれの時代の運命』 (上村忠男・山之内靖 訳 未来社)

カール・レーヴィットは20世紀のドイツの哲学教授。
哲学者と言うよりも、偉大な哲学教授と紹介するのが相応しいと思う。
この本には晩年に書かれた、ヴィーコとウェーバーに関する論文二本が掲載。
それらを一言で言い表すのはなかなか難しいが、例えば。


「文化とは、――とヴェーバーは定義する――世界に生起するできごとの無意味な無限のうち、人間の見地から意味と意義とを付与された有限の一切断部分である」と。これとまったく同じ立場のとり方はディルタイにおいても見出される。かれがつぎのように言うときにである、すなわち、「われわれは世界から生のなかになんらの意味をも運び込んではいない。意味と意義とは人間および人間の歴史のなかで初めて成立するのだという可能性にわれわれは開かれている」とである。この二つの文章には、暗にこういうこと、すなわち、自然の世界は理性を備えた人間の所産ではないのであるから宇宙や自然にはロゴスはないのに対し、すべての文化は人間によって人間のために作られたものであり、それゆえにただわれわれにとってのみ意義ある制作物である、ということが述べられている。(p.104)


再評価はされているのものの、未だにマイナーな哲学者のヴィーコの基礎命題は、
「真なるものはすなわち作られたものである」(verum ipsum factum)というもので、
この命題を前提に考えると、人間が作っていない自然には、真なるものは存在し得ない。
つまり自然科学は成立しない、と、そう言っているのではなくて、生のままの自然ではなく、
計量・実験の中で自然を人間化(機械化)した上で、仮にそこから何か成果が生じたとすれば、
それは自然ではなくて、ウェーバーの定義する意味での文化(西洋文化)であるということ。

ヴィーコによれば、数学や論理学は、人間でも完全に真なるものを導き出せる学問である。
その理由は、幾何学はそもそも人間精神の産物だからである。人間が原因だからである。
ざっくり言えば、幾何学は人間が紙の上に鉛筆で点や線や面を描くことが始源だからである。


幾何学上のことがらをわれわれが証明するのは、われわれがそれを作っているからである。もし自然学上のことがらをわれわれが証明できるとしたならば、われわれはそれらを作っていることになってしまう。(p.15)


ガリレオは「神は数学の言葉で自然という書物を書いた」と言ったらしいが、
このセリフの持つ魔術によって、人間の歴史はゴトゴトと音を立てて回り始めた。
ヴィーコならここで、「人間は数学の言葉で自然という書物を書いた」と言うかもしれない。
主語が「人間」である分、こちらの方が実は学問的には誠実で、事実に即していると思われる。
(そういえばマクルーハンもラジオや映画と同じように、数字をメディアとして扱っていた。)


不可知論的に見えるヴィーコの論旨にも、実際には神の存在が自明の理として横たわっている。
ところが時代が下り、ウェーバーの生きた頃になると、神様が色々な理由で死んだことにされた。
世界の中に秘密めいたものは何も無くなり、人間の作ったものしか転がっていない有様となった。
そのような時代の中、少なくともウェーバーの学問は、ひたすら人間的であり続けようとする。
学問はあらゆるものから呪術を漂白し、幻想を砕き、超越性を廃して、残余物を人間の下へと返す。
大きな物語は学問によって率先してバラバラにされ、風景は「あっけらかんとした」ものとなる。
かつて真理や実体を追い求めていた学問は、誠実さの行き着く先で、それらの虚構を破壊するのだ。


25321011.jpg

施川ユウキ『サナギさん』の一巻の中に「街の中にあるものは何もかも人間が作ったもので、
家も車も電柱も、元々は作った誰かの頭の中の脳ミソのブヨブヨした部分にあったんだよね」
的な話をしているシーンがあって、そこから「文明の中で普通に暮らしていくということは、
そういう無数の他人のブヨブヨした脳みそに間接的に触れ続けるってことでよく考えるとキモい!」
という話に繋がるんだけど、この思考の筋道は、学問によって脱魔術化され尽くした世界の、
「あっけらかんとした」態度、「学問とわれわれの時代の運命」なのではないかと思います。
posted by 手の鳴る方へ at 12:11| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年11月02日

今更「ピカッ」の話

時事ネタとしても古いし、当事者が謝罪したから、事件としてはもうどうでもいいんだけど。

広島上空に「ピカッ」の文字
(中国新聞ニュース 08/10/22 )


「被爆者の気持ち理解してなかった」 「ピカッ」で一問一答
(中国新聞ニュース 08/10/24 )



この件に対して、公共空間で表現するアーティストは対話の努力をすべきだとか、
美術館の学芸員も立ち会っていたのなら、世間に対して説明責任があるだとか、
ヒロシマへの理解を欠いている、広島市民の感情を逆なでしている、だとか、
被爆者の思いを差し置いて表現する平和の訴えに意味があるのか、だとか、
もっと市民と歩み寄るべきだった、だとか、色々と言われていた様子で。

要するに「悪いのはアーティストの方です。説明責任を果たして無いし」という、
そういう、昨今たまに見かける論調(説明責任を果たせ!)で終わりそうな気配。
つまりヒロシマは、結局終始一貫してこの件を異物として捉えたワケなんだけど、
この手の論調が隠してしまうのは、もう一方の側にもあるはずのresponsibility で、
ヒロシマの側の、この件に対する応答はこんな拒絶反応で良かったのだろうか?
新聞も識者も団体も、何だか審査員のようなスタンスでケチをつけてるようで、
「ヒロシマを取り扱った芸術作品としては落選です、もっと勉強しましょう」と、
そんな上からの目線、絶対的で不動の立場から作品を取り扱うのはどうだったのだろう?


そもそもヒロシマの絶対平和という思想が、国際政治の中では異物でしかない。
ヒロシマの反核も、反原発も、武力の放棄だとか平和憲法の尊守にしたところで、
「国際政治を取り扱った思想としては落選です、もっと勉強しましょう」と、
そう言われるだけならまだマシで、失笑され黙殺され続けた経緯があるにも関わらず、
自分達も似たような態度で、実践された作品を品評しているのがとても気にかかる。
世界の中の異物として、「国際社会の側もヒロシマの思想に歩み寄って欲しい」と、
政治のプロからすれば滑稽かもしれないけれど、きちんと言いたいことを聞いて欲しいと、
そのように熱望したことはなかったのだろうか。多分そんなことはないはずなのだが。


まぁ、世の中そういうもんだ、甘くはないよ、と言えばそれまでの話だし、
冒頭でも書いたけど、本人達が謝っちゃったんならどうでもいい話ではある。
ちなみに私は10月21日の正午ごろ、たまたまこの「ピカッ」の現場にいて見たのだけど、
別に不快な印象は持たなかった。これが本物だったら確実に死んでたなぁとは思った。
空に「海」と描けば街が海底に沈むのと同じように、広島市の空に「ピカッ」と描けば、
そこは一面の廃墟になる。それはこの街のイマジネーションではなく、現実なのだろう。
posted by 手の鳴る方へ at 06:32| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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