2009年04月08日

『英国王 給仕人に乾杯!』

『英国王 給仕人に乾杯!』
(イジー・メンツェル監督 2006年 チェコ/スロヴァキア)
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背の低い野心家の給仕人が、1930年〜1960年代のチェコを生きる話。

この時代の、ドイツとソ連に挟まれた国を舞台にしているものの、
主人公が戦火に巻き込まれていないため、直接的な戦争表現は無い。
内容はむしろいい歳をぶっこいた、名も実もある良識ある大人達の乱痴気騒ぎだ。
町のカフェでの名士の馬鹿話、ブルジョワの暮らすチホタ荘での豪奢な暮らし、
ホテル・パリでの女体+食事、これらが楽しそうな雰囲気と共にスクリーンに現れる。
そして戦争(最大の乱痴気騒ぎだが)が始まると、ナチスの優生学研究の名の下に、
給仕人かつチェコ人の主人公は、全裸のアーリア人種の女性達の世話をする。
「何も見るな。何も聞くな」「すべて見ろ。すべて聞け」という給仕人の心得を、
見習いの頃に教わっていた主人公だが、ここでは積極的に全裸の女性達に無視される。


映画では、彼が乱痴気騒ぎの「おこぼれ」を貰う場面が多々ある。
それは女であったり、金であったり、勲章であったり、高額な切手であったりする。
切手は彼の妻がユダヤ人から回収してきたもので、それら僥倖は歴史の気まぐれで、
彼の足元に投げ出された硬貨のようなものだ。彼はそれを拾い、財を成し、投獄される。

この歴史の悪い冗談の中、英国王給仕人をしていたというホテル・パリの給仕長は、
ナチスに従わなかったとか、多分そういう理由でホテルから連れて行かれてしまう。
同じ頃、熱烈なヒトラー信者の女性と付き合っていた主人公は、彼女と結婚するため、
アーリア人女性を孕ませるのに相応しい遺伝子かどうか、優生学的な検査をする。
で、ヌードピンナップでオナニーをするわけだけど、その部屋にはラジオがあり、
そこからは、空気を読まずに、「ナチスの反逆分子」の名前が読み上げられている。
画面にはトラックから降りる若い男達と、降りた先で銃をもてあそぶ兵隊が映る。
主人公はその放送が流れる部屋の中で、優生学的な検査のための精子を搾り出す。
そしてやがて、太った看護婦の手伝いもあり、カップの中に精子が溜まっている。

ナチスに連れ去られたあの偉大な給仕長・英国王支給人に乾杯するその杯の中には、
恐らくこの精子が入っている。乱痴気騒ぎの極地で、優生学だけが杯を満たすのだ。
人間の尊厳も美酒も人生も何もかもが、アホみたいな騒擾の中で姿を消してしまう。
優生学研究所は、戦争が進む中で、全裸の負傷兵がノロノロと行きかう療養所と化す。
優生学すらも最後には残らない。2月革命により、主人公の「おこぼれ」も没収され、
栄誉ある勲章も、やがては山羊の肩にかけられて土に汚れるままになってしまう。

時代の馬鹿騒ぎが歴史を紡ぐのなら、歴史とはそもそもコメディのようなものだ。
この映画の最後は、ビールのCMのような科白で幕を閉じる。
幕引きに相応しい美しい言葉は、杯に精子が満たされた時に死んだのだろう。
posted by 手の鳴る方へ at 06:29| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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