2010年01月30日

メディアと人間関係の濃淡

2010年1月29日 朝日新聞 天声人語
http://www.asahi.com/paper/column20100129.html


秋葉原無差別殺傷事件の初公判に伴い、殺人事件とネットを絡めてのコラム。
揶揄と諦観混じりの「何でもネットのせいにしてりゃあ、そりゃ楽だわな」、
というネットユーザーの声が、至るところから聞こえてきそうな内容となっている。


警察庁によれば、全国で去年に起きた殺人事件は戦後最少になった。皮肉なことに、ネット社会で人間関係が希薄化したのが一因という可能性があるそうだ。特定の相手への動機が生まれにくい。そうなったで今度は、「誰でもよかった」が目立っている


ネットは人間に直接会わなくても色んなことが出来る。だから人間関係は希薄になる、
ってのはまぁ一理あるんだけど、むしろネット本来の思想としては、人と人とを繋ぐ、
しかも今までに無い規模とスピードで繋ぐことなので、(メディアってそんなモノなので、)
2010年にもなってこんなこと言うのはアホ臭いんだけど、この手の話は辞めた方がいい。
「可能性があるそうだ」とか「目立っている」とかいう言い方も辞めた方がいい。


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ここで、殺人と「人間関係」の関係を調べれば、ネット云々とは異なる視点が見えてくる。
河合幹雄 『日本の殺人』(ちくま新書)によれば、日本の「犯罪白書」の殺人の項目には、
毎年大体約1400件という数値が並んでいるが、そこには殺人未遂と殺人予備が含まれる。
そこから殺人の定義を色々と勘案すると、大体800件前後が、実質的な殺人だと言える。
(そもそも「殺人」の類型化自体が困難であり、統計から読み取るのも困難そうに見える。
ついでに言えばネット上で検索できる犯罪白書や犯罪統計と、『日本の殺人』で使用された
数値があんまり一致していないようにも見える。私の調査能力が低いせいだろうけど。)

で、例えば2004年の殺人事件の検挙件数は1224件。その内の半分弱が家族、親族間での事件。
その内訳は実子・養子・継子殺しが135件、実父母・養父母・継父母殺しが合わせて121件、
配偶者殺しが206件、兄弟・姉妹間が88件、その他親族38件、以上の合計は588件となる。
この588件の中にも未遂犯、予備犯が含まれるが、その数は決して多くない、らしい。
つまり年間の実質的な殺人が約800件で、その内の(多分)約500件が親族間の殺人と言える。

一方、1977年の広義の殺人被害者の人数は1527人。加害者との関係が明らかなのが1448人。
その内訳は子殺し505件、親殺し87件、配偶者殺し159件、兄弟・姉妹が28件、その他49件。
親族関係だけで合計828件。残りの内訳は同居人31件、知人友人273件、顔見知り155件、
そして面識なし(無差別殺人があったとすればそれの犠牲者)161件で、計1448人となる。
1977年と比べて、2004年は子殺し(505件→135件)が圧倒的に減少しているのが見てとれる。
もっと言えば2004年の嬰児殺しは22件。1977年には187件あった。これだけで165件の減。
「80年代に入ってから現代に至るまで殺人事件は大きく減少してきたが、その減少分の半分は嬰児殺の減少で説明できる。」(p.31〜32)
というわけで、作者はこの嬰児殺しの減少の理由を、「できちゃった婚」が普通になって、
「不義の子」だとかの社会的偏見、親世代からの圧力がなくなったからだろうと予想している。
ネットの普及とこの嬰児殺しの減少は、とてもではないが結び付けることはできない。


河合幹雄によれば、殺人というのはエネルギーを使うので、強い動機がなければできない。
そしてその強い動機が生まれるのが人間関係の濃い場合で、つまりは家族や恋愛がそうだ。
人間関係が薄ければ、リスクを犯してまでして相手を殺そうとはしない。それが殺人の類型だ。
故に、人間関係が希薄ならば殺人は起こらない、という天声人語の言い分は河合幹雄と同じだ。
だが、統計的に見て殺人が減っている、故に現代人は人間関係が希薄である、とはならない。

昔と比べ、04年の家族間の殺人は減っている。ネットにより人間関係が希薄化したからだろうか?
ネット中毒でひきこもっている子供と、その家族の関係は希薄なのだろうか。逆ではないのか?
家族という関係は、PCや携帯等のメディアによって大きく、本質的に(まさに本質的に!)、
変化しているけれども、その変化は関係の希薄化だと、ただちに言えるものなのだろうか。
関係性が変化しただけで、その関係の濃淡については、メディアは関与できないのではないか。
今までと異なる関係性、イコール、関係性が希薄であると、安直に考えてはいないだろうか。
同じことは友人・知人関係にも言えるだろう。全ての人間関係にも言えると私は思う。


それと、メディア・環境の変化による殺人の減少について、河合幹雄がこんな例を挙げている。
昔と比べれば、所謂「ケンカ殺人」というものも、他と同様に大きく減少しているのだが、
その理由として、科学警察研究所の田村雅幸という人の80年代の研究を参考にしつつ、
河合幹雄も、「人間関係の希薄化」が原因であると述べている。


田村に言わせると「飲み屋で見知らぬ客と意気投合するという他者との関わりの強さは、逆にそこでのケンカ口論から暴力的な事件を発生させやすくもする。」となる。これは八〇年代はじめの指摘である。飲酒と犯罪のところで述べたように、その後、日本人は酔いつぶれるほど飲む機会を大きく減らしている。その原因として、背中に担いで帰ってくれる友人がいなくなってきているということを指摘した。遠くから通勤しているという理由があるため、友情を失ったというような精神論に陥ってはいけないが、人間関係の希薄化がケンカを減らせる作用はここでも確認できる。
 最近では、知らない同士が、肘をぶつけ合って屋台で飲むのではなく、明るくきれいで、十分なスペースがあり、隣席とは壁や衝立で仕切られたところで飲む、それも非常に少人数で飲むように飲み屋が変わってきている。店の方は、別にケンカ殺人の防止策をとっている認識はなく、客が、隣席とのかかわりを嫌うようになっているというマーケティングに過ぎないと考えられる。スペースのあるいい店で安く飲めるようになったとすれば、ここでも豊かになったことでケンカが減り、ケンカ殺人も減るということが起きていることになる。
(p.95〜96)


アーキテクチャと言えばそれまでの話だし、経済的に豊かになったからと言えばそれまでの話。
「最近の子は喧嘩しないから人間関係が希薄化している」と産経抄あたりが言いそうだし、
「飲ミニケーションが死語だから人間関係が希薄化している」とか編集手帳は言いそうだ。
もう一度書くが、今までと異なる関係性、イコール、関係性が希薄である、とは言えない。
喧嘩しなきゃ深まらない人間関係は、メアド交換しなきゃ深まらない人間関係と同じだ。
酒がなきゃ成立しない人間関係は、ニンテンドーDSがなきゃ成立しない人間関係と同じだ。
ネット社会ごときで人間関係が希薄になる奴は、最初から希薄なだけだ。そういうものだ。
posted by 手の鳴る方へ at 04:29| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

グレン・グールドのTwitter

宮澤淳一 『グレン・グールド論』(春秋社)
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1964年6月1日、グレン・グールドはトロント大学から名誉博士号を授与される。
その答礼として、通常なら演奏をするところなのだが、グールドはある講演を行った。
ほんの一握りの大学関係者を前に為されたその講演のタイトルは「電子時代の音楽論」。
その中でグールドはバックグラウンド・ミュージックの可能性について話している。
次の引用は、その講演の冒頭部分についての宮澤淳一の解説である。
(引用文を含め、今回の記事全体は、宮澤淳一『グレン・グールド論』(春秋社)による。)


ここでのバックグラウンド・ミュージックとは、「家庭や自動車内のスピーカーから流れ出る音楽、コマーシャル映像に伴う形で編成された音楽、レストランで会話の切れ目を埋めるために[・・・・・・]有線放送から流れてくる音楽」など、電子メディアによって生み出され、日常生活の私たちを囲むあらゆる音楽を指す。これを「音楽に対する私たちの鑑賞力や理解力や情熱の体系をそっくり弱める感覚攻撃」だと批判する向きに対して、グールドは正反対の立場を表明する。これらの音楽は「私たちの鑑賞力や理解力を弱める」どころか「恩恵」である、とグールドは擁護するのである。「内省的態度」の聴取を主唱する音楽家らしからぬ発言かもしれない。(p.39)


中島義道が聞いたら、そんなもん「感覚攻撃」以外の何モノでもないわ! とか言いそうだが、
それはいいとして、グールドはこの後、演奏会を批判し、音楽の匿名化等について触れる。
そしてその後に、もう一度、バックグラウンド・ミュージックについて話を振り戻す。


電子時代になると、音楽には、私たちが日常生活を送る中で言語が担っているものと同等の、即時的、口語的、実用的な特徴が備わると私には思われます。音楽に関してそうした慣れ親しみやすさの度合いがそこまで達成される唯一の条件は、音楽があらゆる方向へ拡大していき、どんな時期、時間、様式であろうと、音楽の基本的な流儀、特徴、癖、慣習的な仕掛け、統計的に頻度の高い表現――要するにクリシェです――が、聴くものすべてにとって即座に親しみのある、認識できるものになっていることにほかなりません。ある語彙(音楽的語彙であれ、言語的語彙であれ)が備えるクリシェの特徴を大量の人が認識できるようになるとき、個々の聴き手がそうしたクリシェの供給過剰になることに配慮する必要はあまりないという気がします。むしろ正反対です!(p.45〜46)


そして後に続けてグールドはこのように宣言している。


音楽の世界に、絶えずクリシェを参照できる背景を供給することで、想像力豊かな芸術家――あるいは、電子時代ですから、正確には、想像力豊かな芸術家集団と呼ぶべきかもしれません――の活動の場である前景が、はるかに際立つようになるのです。電子時代は、陳腐なものからとてつもない超越を必ずや達成してくれるでしょう。(p.46)


引用ばかりになってしまったが、私がTwitter のタイムラインをだらだらと眺めていて、
ふと何気なく思い出したのが、『グレン・グールド論』のこの一連の内容だった。
バックグラウンド・ミュージックとは、大衆、それにグールドのTwitterではないか?
それが音楽にとっての「恩恵」であり、人々の音楽を変え、音楽の環境を変えたように、
TL上に流れるtweetsも、何かにとっての「恩恵」であり、何かを変化させるのではないか。
Tweetsをクリシェ(決まり文句・常套句)と称するのはさすがに抵抗があるけれども、
宮澤淳一が以下のように解説し、あるジャンルの断片とその編成、浸透が語られるとき、
私達の前に現れてくるその「前景」、「超越」には、一体何という名が付けられるのだろうか?


スピーカーから流れ続けるその音楽は、古今のクラシックの有名曲やその自由な編曲・改作、あるいは、それらを模倣した様式や語法のクリシェを用いたオリジナル曲から、場所・時間・用途にあわせて「編成」された「響き」である。電子テクノロジーの発達のおかげで日常生活の中に浸透したそうした「陳腐なもの」(common place)を「背景」(background)に、〈聴き手=消費者〉を含めた多くの参加者による現代の「芸術家集団」は創作を行い、「前景」(foreground)を描き出す。(p.47)
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2010年01月26日

『グーテンベルクからグーグルへ』

ピーター・シリングスバーグ 『グーテンベルクからグーグルへ』
(明星聖子・大久保譲・神崎正英 訳 慶應義塾大学出版会)

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副題は「文学テキストのデジタル化と編集文献学」。
グーグルのことになんか触れてないので、内容的には副題の方がしっくりくる。
それと、訳者の明星聖子の後書きの内容は面白い。いつか新書あたりで書いて欲しい。


私達は自分の手にした本が、その本の内容に関して絶対的であることを疑わない。
しかし実際は作者のメモ、手稿、草稿、初版本とそれ以降の本、翻訳、海賊版には違いがあり、
さらにそこには植字工のミスや意図的な変更、注釈者、出版者、編集者の何らかの介入があり、
さらに編集者によって介入されたテキストによって作者がさらに改変したテキストがあり、
他人がテキストを変更して、それを元に戻せたのに作者が介入しなかったテキストがある。
また、書かれたテキストには書かれて読まれた当時の文脈があり、それはともすると重要であり、
それらを踏まえての批評家の批評があり、後世の編集者の介入や編纂、簒奪、再現等もある。

文学研究とは制度と言える。編集文献学はその制度の設計、交通を担う学問と言える。
上記の錯綜する諸事実と取り組みつつ、理想的な文献研究の制度を開発するのがその役割だが、
ここにきて学問的な知識の集積場所、文献学の舞台が、印刷版から電子版へと移行しつつある。
その影響は大きく、上記の諸事実との関係も大きく変わるだろうということが述べられている。
研究者達はそのことについて、失うものは少なくない、とは言いつつも好意的のようだ。


1960年代くらいまでは、文献編集者達も、所謂その言葉の意味どおりの「決定版」、
客観的な文献研究の最上の成果、プロジェクトの終わりを高らかに宣言する研究結果、
そんな学術編集版を志向していたけれど、最近はさすがにそんなことも言わなくなった。
編集とは主観的な批評行為であり、編集者(研究者)の志向性によってそれは編みこまれる。
彼らは資料から転写し、編集し、註をつけるだろうが、そこにはある意図が横たわっており、
別の意図(それは有益であり有意義であるかもしれないのに)は無視されて隠れてしまう。
だから文献編集者はそのことに自覚的になるべきだし、その意図の説明はしておくべきだし、
異なり、対立する編集方針の生まれる余地を常に残しておくべきなのだ。作者はそう語る。

学術編集と言うか、制度設計の方向性は、一つの目的だけを絶対視する閉じた以前の方向から、
複線的で開けた、将来の研究者達に依存することも多いだろう、歓待的な方向へと変化した。
そして電子版のナリッジサイトや編集システムは、印刷媒体よりも有効にそれを達成する。
それは分量的な制限を取り除き、ハイパーテキストによる参照、インデックス化も容易にする。
何よりPCさえあれば世界中からアクセスすることも可能であり、情報は簒奪されることもなく、
利用者(専門家から学生、一読者に至るまで)の自由なコントロールにも応えることができる。
電子テキストは、一つの意図によって致命的に隠されることもなく、電子の中で貯蔵される。
それは長きに渡って多くの人達によって管理され、新しい何かを産む土壌であり続けるだろう。


それでも問題は山積しているようで、その問題に頭を抱えている文章の方が多いくらいだ。
それどころか学術編集そのものに挫けている様子も無きにしも非ずで、訳者の後書きといい、
それは彼ら特有のメンタリティなのかもしれない。もう一度言うがこの後書きはとてもいい。
主観的でしかない人間風情が、客観性や学問の理想をどうして実現することができようか、
でもやるんだよ、やるしかないだろ、みたいな態度が全編に渡って展開されている稀有な本だ。
posted by 手の鳴る方へ at 10:56| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月25日

『らいか・デイズ』

むんこ 『らいか・デイズ』(芳文社)
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4コマ漫画雑誌で連載中の4コマ漫画だったはず。4コマ漫画の見本で筆頭という印象。
勉強はできるけど不器用でウブな(死語)小学6年生の日常を描いたり描かなかったりする。


今のところ9巻まで出ているんだけど、小学6年生のまま、正月ネタを4〜5回は繰り返している。
これは漫画にはよくあるループで、キャラクター達はつまるところ永遠に小学6年生のままだ。
が、担任が結婚して子供は生まれるわ、一度も出てきてないキャラが死ぬわ、生理が始まるわ、
ブラジャーはつけ始めるわ、産休の代理で新しい先生がやって来て、帰って、また戻ってくるわ、
そういう出来事はきちんと用意されていて、クラスメイトや両親や親戚やその他大勢の中で、
子供達はきちんと成長していますよ、的な、「4コマなのにいい話」的な傾向がとても強い。

永遠の小学6年生達が登場人物で、舞台も学校、家、町内、両親の田舎でほぼ占められている。
たまに一人で田舎に行ったり、遠くの図書館に行ったり、海や別荘やらには行っているけど、
閉じた環境が大半で、それでもなお成長というものが図らずも前面に出てくるのは面白い。

成長のイメージとしては、例えば教養小説(ビルドゥングスロマン)のようなモノがあって、
子供が旅の中で色々な人々と触れ合い、移動する距離が遠くなり、出来ることが増えていき、
肉体的にも心理的にもタフになり、やがて大人になっていく、みたいな流れを辿るのだけど、
この『らいか・デイズ』には、教養小説的な移動や成長、肉体強化、メンタル面の向上等、
その手の経験値アップはほとんど見当たらない。貧乳は貧乳だし、料理下手は下手のままだし、
テストで97点は97点だし、泣き虫は泣き虫のままで、つまりあるキャラはそのキャラのままで、
この手の漫画では当たり前なんだけど、初期設定のまま、変化というものが排除されている。


それでもなおそこに成長と呼べるものがあるとすれば、それは何だろうかとなるワケだが、
漫画表現における成長とは、必ずしも身長の伸びではないし、スキルアップでもないし、
移動する距離が伸び、見知った人が増え、今まで見えなかったモノが見えてくると言うような、
視野の拡大、世界の広がりというワケでもないし、通過儀礼というワケでも必ずしもない。
確かに新しい必殺技の習得や覚醒、ある種の親殺し、親離れ、そして教養小説的な旅物語は、
成長を分かりやすく、視覚的に読者に教えてくれるものではあるし、それはそれでいいけれど、
『らいか・デイズ』的な漫画には、もう少し別な成長の描き方、考え方があるように思われる。


前フリが長くなったが、例えばこのように言ってみるのはどうだろう。
成長とは無自覚なままに、ゆっくりと、自分自身へと収斂していく様のことなのだ、と。
コマを重ね、ページを積み上げ、巻数を増やしていくその中で、『らいか・デイズ』は、
登場人物たちを磨き上げ、ときには削ぎ落としつつ、より彼女ららしさへと近付けていく。
そこにあるコマは、新しい世界を開示し、その時間を過去や未来へと延長することもあるが、
登場人物たちは、未知の力や風景、敵へと分け入っていくよりもむしろ、既知へと擦り寄る。
時間の停止したその既知の中で、子供達は容姿やスキルはそのままに成長することが出来る。
だから『らいか・デイズ』的な物語は、物珍しいビルドゥングスロマンでもあると言える。
それは何者かになるのではなく、他ならぬ自分自身へとなるための、成長の物語なのだ。
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2010年01月24日

アメリカ時計産業の興亡

香山知子 『ウオッチ・アド 広告に見るアメリカ時計産業興亡の軌跡』(グリーンアロー出版社)

アメリカの時計産業の歴史を、広告から読み解こうとする本、というか資料。
産業というものが如何に興り、如何に巨大化し、如何に歴史に巻き込まれ、衰亡したのかの話。
この世の春を謳歌したある一大産業が、時代の流れの中で見事に消滅したことが描かれている。


アメリカの2大メーカーであるウオルサムとエルジンの生産量を見てみると、1880年にはウオルサムが150万個、エルジンが70万個、1900年にはウオルサム900万個、エルジン900万個、1930年にはエルジン3300万個、ウオルサム2700万個である。またダラーウオッチの主要メーカーであるインガソルでは、1900年に600万個、1930年に7400万個を生産し、ダラーウオッチに代表される廉価時計の人気がうかがえる。(p.3)


20世紀初頭の混乱や大不況をモノともせず、アメリカの時計産業は発展していったけれど、
日本の真珠湾攻撃によってアメリカは2次大戦へ参戦。時計メーカーも工場のラインや職人を、
マリン・クロノメーターや軍事時計等、軍需産業へと大幅に転換せざるを得なくなる。
本土の国民に向けての製品供給が枯渇する中で、スイスの輸入時計に市場シェアを奪われ、
技術開発にも溝を開けられた中で、戦後、新技術を苦心しつつ導入、自らでも開発するが、
スイスとの貿易交渉に失敗(40年代)、クオーツによる日本企業の躍進(70年代)もあり、
アメリカでの時計生産は完全に凋落、多くのアメリカ時計メーカーは姿を消していった。
例えば上の引用中にあるウオルサムは、1981年に日本企業の平和堂貿易に買収され、
エルジンは1966年に消滅、インガソルは1922年に買収後、そのブランドを51年まで持続、
そして現在は、もはや唯一のアメリカ時計企業とも言えるTIMEXへと継承されている。

70年代の日本のクオーツ革命は凄まじく、アメリカだけでなくスイスの時計産業も壊滅させた。
「1970年から1985年の間に、時計関連会社は1620社から600社となり、3分の2近くが」消えた。
スイスの場合、アメリカと違って、現在ではその時計産業も盛り返し、その地位も磐石に見える。
それは例えば、オメガ、ロンジンを中心に結成されたSMHと呼ばれるコングロマリット(85年)や、
早い時期からの水平分業化(スイス時計のムーブメントの多くは日本企業製)等に見て取れる、
生き残り戦略の巧妙さであって、不況や戦争ではなく戦略ミスが産業を滅ぼすのだと痛感する。
未だに「モノ作り」とかホザいている例の国は、スイスではなくアメリカの轍を踏むだろうし、
その後のアメリカが2次産業から3次産業に移行し発展したことを考えれば、むしろそれでイイ。
アメリカ本土で時計が作られないことを、いま生きている私達は誰一人として困っていない。
上に名のあるTIMEXも、名前だけはアメリカの時計会社だが、組立工場は国外に散在している。


と、エコノミックなことばかり言ってみたけれど、この本自体はエコノミックでは無い。
インガソルの「1ドルを有名にした時計」等のコピーや、戦時中の広告は普通に面白い。
例えば1943年、ハミルトンの広告


この風変わりな大地は単調に地平線へと広がっている。風が吹くと、波のなかで流れができる。この果てしない無の空間で迷うことは死を意味する。
砂漠を行く戦車が船と同じように太陽と星と、そしてマスター・ナビゲーション・ウオッチと呼ばれる特殊な時計装置を使って進行方向を定めるのはこのためである。これは戦車士官が砂漠での進行方向を見つけるために頼りとする装置のひとつだ。戦車の揺れ、粉々の砂、最高気温華氏140度という気温にもかかわらず、ハミルトンのマスター・ナビゲーションは何ヶ月にも渡って信じられないほどの安定した時を刻み続ける。ハミルトンで働く人々は政府のためにこのような精密な時計装置を作ることができるのを誇りとしています。そしてこれは民間用のハミルトンをほとんど製造できないということでもあります。しかしこの経験が「鉄道時計の正確さをもつ時計」という評判以上のものを戦後に約束しているのです。ハミルトン・ウオッチ・カンパニー、344アベニュー、ランカスター、ペンシルヴァニア
(p.36)


戦時中の時計会社の広告は、売るためではなく、売れないことを釈明するための広告だった。
性能や「〜御用達」という下りは、いつの時代のどの場所でも同じような文句なのだけど、
「商品が供給できないけれど、どうか忘れないで下さい」というこの広告の思いは痛切だ。

戦時中の時計広告の中には、例えば「戦場となったジャングルで敵の日本兵が身に着けた
時計がうるさいから場所がすぐわかって奴らをご先祖様のところに送ってやったぜヘヘへ、
でも俺が身に着けていたハーベルの腕時計はとても静か。妻からの最高のプレゼントです」
だとか、「戦場にいる愛するあなたへのクリスマスプレゼントとしてハミルトンの時計を
贈ろうと思ったけれど、ハミルトンも戦場に行ってしまったわ。だから私は愛するあなたの
ために戦時国債を買っておきました」みたいなものもあって、こういうのは大好きです。
ちなみにハミルトンは1974年に、スイスの時計メーカーグループによって買収されている。
ハーベル(Harvel)は不明。戦時中に湧いて出た便乗組、泡沫企業として紹介されている。

この本にはもちろん戦時中以外の広告もたくさん掲載されている。そしてそれらも面白い。
ただ、もう既に絶版しているようだから、古本屋でしか手に入らないだろう。
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2010年01月23日

『偶像崇拝』

M・ハルバータル、A・マルガリート 『偶像崇拝』(大平章 訳 法政大学出版局)
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サブタイトルには「その禁止のメカニズム」とある。
タルムードやミドラッシュ(旧約聖書についての古代ユダヤ人の残した注釈)、
カバラ思想、マイモニデスなどのユダヤの哲学者達の書き残した言葉を手がかりとして、
微に入り細に入り、ユダヤ教の偶像崇拝のメンタリティを解き明かそうとしている。


偶像崇拝の問題は、神を表象できるか、代理できるか、みたいな形而上学的なものではなく、
もっとシンプルな道徳の問題、具体的には夫を裏切って浮気する妻の姦淫の問題である。
イスラエルは神に選ばれ、その神との間に婚姻関係(契約)を結んだ妻としてイメージされる。
エジプトからの脱出は結婚物語の一部として語られ、関係は一夫一婦制の模範として描かれる。
そのイスラエルが、ワケの分からないバールだとかを崇拝するとき、それは性的な罪となり、
夫以外の男(それは夫よりも下らない男に違いない)への売春、色目という隠喩で語られる。
そして姦淫が禁止されるのと同じように、偶像崇拝は――何より性道徳的に――禁止される。


ここまではまだ分かり易い話なのだけど、例えばこの神とイスラエルの夫婦関係という隠喩、
それ自体が神を人として扱っているから、それだって偶像と言えるんじゃねえのかおいコラ、
という議論だってあり得るし、言葉で「神」とか言うのは偶像(表象代理)じゃないのかとか、
言葉で「神の手」と言うのはいいとしても、像や絵で神の手を形作るのが駄目なのは何故かとか、
契約の函やケルビム(天使)が、神の換喩として用いられているけどそれはいいのか、とか、
異神を崇拝するのは姦淫でいいけど、正しい神を間違った仕方で崇拝するのはどうなのかとか、
そういえばエジプトの王は当時は神扱いだから、それとの政治的な絡みで偶像崇拝を語れるし、
ローマの支配下に置かれた際、ユダヤ人がローマ皇帝に税金を支払うのは、異教徒の偶像に、
供え物をするのと同じじゃないのか、それも偶像崇拝に該当するんじゃないの? とか等々、
そういう偶像崇拝に関する議論、解釈の歴史的な流れが延々と、引用豊富に解説されている。

信仰心の薄い人間からすれば、こいつらまぁ長年に渡ってよくやるわ、と思う以外に他ない。
この本のまとめを乱暴に、一言で言えば「偶像崇拝は魔術で私的で非絶対的価値の信仰」だ。
つまりその具体的な内容は、軽薄には語れない。それは肩透かしだが実に正当な結論でもある。
あと、こんな具合に書けば如何にも普遍的に読めるけど、ユダヤ教自体のそれはそうでもない。
繰り返すけど、偶像崇拝の禁止は、神に選ばれたと自称する妻としてのイスラエルの道徳で、
そもそもからして、特定の共同体、その生活に深く根を下ろしている類のメカニズムなのだ。


(ちなみに、上の方で神が人の形なのはどうなの、みたいなことについて少し触れたけれど、
全能の神を人の形としてイメージすることは、昨日触れた汎神論者のスピノザが全否定し、
イェヘズケル・カウフマンという有名が学者が肯定したことだった。カウフマンにしてみれば、
神を抽象的なものとして考え、そこから個性・意志を抜き取ることは異教的な考え方だった。
スピノザにしてみれば、抽象的な神概念は聖書の語るモノでは全くなく、哲学の領分であり、
イスラエルの信仰は民衆のための信仰で、抽象的・観念的・エリート的なモノでは無かった、
というその点で、カウフマンもスピノザも一致している。スピノザは異教徒にされ易い。)
posted by 手の鳴る方へ at 09:58| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月22日

スピノザの『神学・政治論』

スピノザ 『神学・政治論(上)(下)』(畠中尚志 訳 岩波文庫)


スピノザは、幾何学のような正確さで神の存在を証明したと思った17世紀オランダの哲学者。
神は永遠で絶対だから形なんかねえよ、だって形があるってことは有限ってことじゃん、
だから旧約聖書で神様の姿が描写されてるあれは違うんだよ、神即自然なんだよ、な?
とかなんとか言ったから、当時の神学者や世間一般からフルボッコに叩かれたKYな人。
しかも、哲学者として味方をしてくれると思ったデカルト主義者からもフルボッコで、
無神論者とかレッテルを貼られて罵倒され、いったいどうなってるんダ・ヴィンチ、な人。


西洋にはキリスト教と哲学の二本の柱があって、この二つはお互いに微妙な関係にある。
詳細は省くけど、哲学の懐疑とキリスト教の信仰は、そもそもからして相反しており、
しかもそれでいてどちらも真理を語ろうとする、そんな中で西洋の歴史は紡がれてきた。
巻頭の訳者解説や、上野修『スピノザ』(NHK出版)がとても詳細に説明しているけれど、
スピノザがこの本でやろうとしたことは、哲学と信仰の分離、役割分担の取り決めであり、
市民社会を閉じた神学者の信仰、知見から解き放とうとする政治的な試みでもあった。

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聖書の中に神という言葉があるけれど、それを哲学的な神と解釈するからおかしなことになる。
そこに書かれてある神は、預言者達の知的レベルによって表象された、真理ではないものの、
とても有意義な何らかのイメージである、そういう論旨でスピノザは話をグイグイと進める。
スピノザは聖書や神学を神への服従や隣人愛の物語と考え、真理は哲学の領分だと考えている。

例えばスピノザは、聖書で「神」という単語が強調の意味で使われてることを主張する。


かくの如く、常ならぬ自然の業が神の業と呼ばれ、常ならぬ大いさの木が神の木と呼ばれるのであつて見れば、創世記の中に於て、極めて強い極めて大きな人間たちが、それが不信心な盗人であり姦淫者であるに拘はらず神の子と呼ばれてゐるのも少しも不思議でなくなる。古人は凡そ人が依つて以て他の人々を凌駕する所以のものを何でも神に関係せしめるのが習ひであり、これはひとりユダヤ人に止まらず異教徒たちもさうであつた。例へば(略)ローマ人に在つてさへもかうしたことが極めて普通に行はれた。例へば精巧に作られた品がある場合、それを彼らは神の如き手に依つて作られたといふやうな表現をする。これを若しヘブライ語に直さうとすれば、「神の手もて作られた」と言はねばならぬ。(上巻 p.77)


昔のローマ人も「神パピルスwwwwwww」とか「神職人ktkr」とか言ってたと思うと感慨深いが、
スピノザにとって聖書とは真理の書ではなく、このような比喩と謎のイメージの群であった。
彼はそういう史的物語として聖書を高く評価する。民衆の理解力に沿う、経験的なものとして、
人々に服従と敬神を教示するという点で、聖書を、言わば社会的、福利厚生的に評価する。
ただしだからと言って、聖書そのものへの信憑性が、人間を幸福にするワケでは全くないし、
そこに書かれてある諸々の奇跡が、現実に起こったことであるなんてことは絶対に認めない。
認めないが、その意義は認めているわけで、ここら辺のスピノザのバランス感覚は絶妙だ。
神の正確な知識なんて信仰には不要だし、神を誤認してもそれは冒涜じゃないとすら彼は言う。


だから神が(略)自らを預言者たちの表象像や先入的意見に適応させたことも、又信心深い人々が神について色々違つた意見を抱いたことも、少しも不思議ではないのである。更に又聖書の諸巻が至るところ神について極めて不適当な語り方をし、神に手、足、目、耳、精神、場所的運動等を帰し、その上又心の激情(嫉妬、慈悲等々の)を帰し、最後に又神をばキリストを右にして天の玉座に坐つてゐる裁き主として描いてゐるのも不思議ではない。聖書の諸巻はつまり民衆の把握力に応じて語つてゐるのであり、聖書は民衆を学者にしようとしてゐるのではなくただ、従順な者にしようとしてゐるのである。然るに世上一般の神学者たちは、神に帰せられたさうした諸性質が神の本性と矛盾することを自然的光明に依つて知つてそれをすべて比喩的に解釈しようとつとめ、之に反して、彼らの把握力を越える事柄は之を文字通りに受け入れようと力めて来た。だが若し聖書の中に見出されるこの種の事柄が皆比喩的に解釈され・理解されねばならぬとしたら、聖書は大衆乃至無教養な民衆のためにではなくて単に識者たちのために、殊に哲学者たちの為に書かれたことになるであらう。(下巻 p.125〜126)


スピノザの神はスゴイので外部なんか無い。だから自分の外部を見るための目なんか無い。
また、自身が全ての中心なので、感情なんてワケの分からないモノにも振り回されない。
そして聖書の神は、預言者達にそんな事情は教えていないし、語ることを求めてもいない。
聖書の神が求めているのは、神への愛だとか、服従だとか、隣人愛だとかの生活方式であって、
それさえ個々人に備わっていれば、聖書解釈なんて勝手気侭でいいとすらスピノザは語る。


こうしてスピノザの語る哲学・真理は、神学が吐き出すドグマから巧妙に分離され、
さらに返す刀で、民衆の信仰を、哲学的で無意味な論争からも解き放つ筋道をつけた。
『神学・政治論』はさらに、聖書や歴史を絡めて国家論へと話が進んでいくのだけど、
そこら辺はもう私の手には負えない。固有名詞とヘブライ人の歴史がワケわからん。

スピノザの聖書解釈はスタンダードでは無いけれど、画期的で革新的で、何よりも面白い。
当時のキリスト教会からすればKYな奴だったのだろうけど、実はイイ奴だったのは読めば分かる。
posted by 手の鳴る方へ at 09:06| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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