2010年01月24日

アメリカ時計産業の興亡

香山知子 『ウオッチ・アド 広告に見るアメリカ時計産業興亡の軌跡』(グリーンアロー出版社)

アメリカの時計産業の歴史を、広告から読み解こうとする本、というか資料。
産業というものが如何に興り、如何に巨大化し、如何に歴史に巻き込まれ、衰亡したのかの話。
この世の春を謳歌したある一大産業が、時代の流れの中で見事に消滅したことが描かれている。


アメリカの2大メーカーであるウオルサムとエルジンの生産量を見てみると、1880年にはウオルサムが150万個、エルジンが70万個、1900年にはウオルサム900万個、エルジン900万個、1930年にはエルジン3300万個、ウオルサム2700万個である。またダラーウオッチの主要メーカーであるインガソルでは、1900年に600万個、1930年に7400万個を生産し、ダラーウオッチに代表される廉価時計の人気がうかがえる。(p.3)


20世紀初頭の混乱や大不況をモノともせず、アメリカの時計産業は発展していったけれど、
日本の真珠湾攻撃によってアメリカは2次大戦へ参戦。時計メーカーも工場のラインや職人を、
マリン・クロノメーターや軍事時計等、軍需産業へと大幅に転換せざるを得なくなる。
本土の国民に向けての製品供給が枯渇する中で、スイスの輸入時計に市場シェアを奪われ、
技術開発にも溝を開けられた中で、戦後、新技術を苦心しつつ導入、自らでも開発するが、
スイスとの貿易交渉に失敗(40年代)、クオーツによる日本企業の躍進(70年代)もあり、
アメリカでの時計生産は完全に凋落、多くのアメリカ時計メーカーは姿を消していった。
例えば上の引用中にあるウオルサムは、1981年に日本企業の平和堂貿易に買収され、
エルジンは1966年に消滅、インガソルは1922年に買収後、そのブランドを51年まで持続、
そして現在は、もはや唯一のアメリカ時計企業とも言えるTIMEXへと継承されている。

70年代の日本のクオーツ革命は凄まじく、アメリカだけでなくスイスの時計産業も壊滅させた。
「1970年から1985年の間に、時計関連会社は1620社から600社となり、3分の2近くが」消えた。
スイスの場合、アメリカと違って、現在ではその時計産業も盛り返し、その地位も磐石に見える。
それは例えば、オメガ、ロンジンを中心に結成されたSMHと呼ばれるコングロマリット(85年)や、
早い時期からの水平分業化(スイス時計のムーブメントの多くは日本企業製)等に見て取れる、
生き残り戦略の巧妙さであって、不況や戦争ではなく戦略ミスが産業を滅ぼすのだと痛感する。
未だに「モノ作り」とかホザいている例の国は、スイスではなくアメリカの轍を踏むだろうし、
その後のアメリカが2次産業から3次産業に移行し発展したことを考えれば、むしろそれでイイ。
アメリカ本土で時計が作られないことを、いま生きている私達は誰一人として困っていない。
上に名のあるTIMEXも、名前だけはアメリカの時計会社だが、組立工場は国外に散在している。


と、エコノミックなことばかり言ってみたけれど、この本自体はエコノミックでは無い。
インガソルの「1ドルを有名にした時計」等のコピーや、戦時中の広告は普通に面白い。
例えば1943年、ハミルトンの広告


この風変わりな大地は単調に地平線へと広がっている。風が吹くと、波のなかで流れができる。この果てしない無の空間で迷うことは死を意味する。
砂漠を行く戦車が船と同じように太陽と星と、そしてマスター・ナビゲーション・ウオッチと呼ばれる特殊な時計装置を使って進行方向を定めるのはこのためである。これは戦車士官が砂漠での進行方向を見つけるために頼りとする装置のひとつだ。戦車の揺れ、粉々の砂、最高気温華氏140度という気温にもかかわらず、ハミルトンのマスター・ナビゲーションは何ヶ月にも渡って信じられないほどの安定した時を刻み続ける。ハミルトンで働く人々は政府のためにこのような精密な時計装置を作ることができるのを誇りとしています。そしてこれは民間用のハミルトンをほとんど製造できないということでもあります。しかしこの経験が「鉄道時計の正確さをもつ時計」という評判以上のものを戦後に約束しているのです。ハミルトン・ウオッチ・カンパニー、344アベニュー、ランカスター、ペンシルヴァニア
(p.36)


戦時中の時計会社の広告は、売るためではなく、売れないことを釈明するための広告だった。
性能や「〜御用達」という下りは、いつの時代のどの場所でも同じような文句なのだけど、
「商品が供給できないけれど、どうか忘れないで下さい」というこの広告の思いは痛切だ。

戦時中の時計広告の中には、例えば「戦場となったジャングルで敵の日本兵が身に着けた
時計がうるさいから場所がすぐわかって奴らをご先祖様のところに送ってやったぜヘヘへ、
でも俺が身に着けていたハーベルの腕時計はとても静か。妻からの最高のプレゼントです」
だとか、「戦場にいる愛するあなたへのクリスマスプレゼントとしてハミルトンの時計を
贈ろうと思ったけれど、ハミルトンも戦場に行ってしまったわ。だから私は愛するあなたの
ために戦時国債を買っておきました」みたいなものもあって、こういうのは大好きです。
ちなみにハミルトンは1974年に、スイスの時計メーカーグループによって買収されている。
ハーベル(Harvel)は不明。戦時中に湧いて出た便乗組、泡沫企業として紹介されている。

この本にはもちろん戦時中以外の広告もたくさん掲載されている。そしてそれらも面白い。
ただ、もう既に絶版しているようだから、古本屋でしか手に入らないだろう。
posted by 手の鳴る方へ at 09:51| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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