2010年01月27日

グレン・グールドのTwitter

宮澤淳一 『グレン・グールド論』(春秋社)
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1964年6月1日、グレン・グールドはトロント大学から名誉博士号を授与される。
その答礼として、通常なら演奏をするところなのだが、グールドはある講演を行った。
ほんの一握りの大学関係者を前に為されたその講演のタイトルは「電子時代の音楽論」。
その中でグールドはバックグラウンド・ミュージックの可能性について話している。
次の引用は、その講演の冒頭部分についての宮澤淳一の解説である。
(引用文を含め、今回の記事全体は、宮澤淳一『グレン・グールド論』(春秋社)による。)


ここでのバックグラウンド・ミュージックとは、「家庭や自動車内のスピーカーから流れ出る音楽、コマーシャル映像に伴う形で編成された音楽、レストランで会話の切れ目を埋めるために[・・・・・・]有線放送から流れてくる音楽」など、電子メディアによって生み出され、日常生活の私たちを囲むあらゆる音楽を指す。これを「音楽に対する私たちの鑑賞力や理解力や情熱の体系をそっくり弱める感覚攻撃」だと批判する向きに対して、グールドは正反対の立場を表明する。これらの音楽は「私たちの鑑賞力や理解力を弱める」どころか「恩恵」である、とグールドは擁護するのである。「内省的態度」の聴取を主唱する音楽家らしからぬ発言かもしれない。(p.39)


中島義道が聞いたら、そんなもん「感覚攻撃」以外の何モノでもないわ! とか言いそうだが、
それはいいとして、グールドはこの後、演奏会を批判し、音楽の匿名化等について触れる。
そしてその後に、もう一度、バックグラウンド・ミュージックについて話を振り戻す。


電子時代になると、音楽には、私たちが日常生活を送る中で言語が担っているものと同等の、即時的、口語的、実用的な特徴が備わると私には思われます。音楽に関してそうした慣れ親しみやすさの度合いがそこまで達成される唯一の条件は、音楽があらゆる方向へ拡大していき、どんな時期、時間、様式であろうと、音楽の基本的な流儀、特徴、癖、慣習的な仕掛け、統計的に頻度の高い表現――要するにクリシェです――が、聴くものすべてにとって即座に親しみのある、認識できるものになっていることにほかなりません。ある語彙(音楽的語彙であれ、言語的語彙であれ)が備えるクリシェの特徴を大量の人が認識できるようになるとき、個々の聴き手がそうしたクリシェの供給過剰になることに配慮する必要はあまりないという気がします。むしろ正反対です!(p.45〜46)


そして後に続けてグールドはこのように宣言している。


音楽の世界に、絶えずクリシェを参照できる背景を供給することで、想像力豊かな芸術家――あるいは、電子時代ですから、正確には、想像力豊かな芸術家集団と呼ぶべきかもしれません――の活動の場である前景が、はるかに際立つようになるのです。電子時代は、陳腐なものからとてつもない超越を必ずや達成してくれるでしょう。(p.46)


引用ばかりになってしまったが、私がTwitter のタイムラインをだらだらと眺めていて、
ふと何気なく思い出したのが、『グレン・グールド論』のこの一連の内容だった。
バックグラウンド・ミュージックとは、大衆、それにグールドのTwitterではないか?
それが音楽にとっての「恩恵」であり、人々の音楽を変え、音楽の環境を変えたように、
TL上に流れるtweetsも、何かにとっての「恩恵」であり、何かを変化させるのではないか。
Tweetsをクリシェ(決まり文句・常套句)と称するのはさすがに抵抗があるけれども、
宮澤淳一が以下のように解説し、あるジャンルの断片とその編成、浸透が語られるとき、
私達の前に現れてくるその「前景」、「超越」には、一体何という名が付けられるのだろうか?


スピーカーから流れ続けるその音楽は、古今のクラシックの有名曲やその自由な編曲・改作、あるいは、それらを模倣した様式や語法のクリシェを用いたオリジナル曲から、場所・時間・用途にあわせて「編成」された「響き」である。電子テクノロジーの発達のおかげで日常生活の中に浸透したそうした「陳腐なもの」(common place)を「背景」(background)に、〈聴き手=消費者〉を含めた多くの参加者による現代の「芸術家集団」は創作を行い、「前景」(foreground)を描き出す。(p.47)
posted by 手の鳴る方へ at 07:30| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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