2010年03月19日

「自分探し」の移民たち

加藤恵津子 『「自分探し」の移民たち』(彩流社)
77911468.jpg


サブタイトルには「カナダ・バンクーバー、さまよう日本の若者」とある。
主にバンクーバーの日本人一時滞在者を対象としたフィールドワークをまとめた本。
期間は2001年〜2008年。21ヶ月にわたるフィールドワーク。インタビュイーは106人。
何故バンクーバーへ来たのか、そこでの生活はどうか、そこで何を考えているのか、
今後の人生プランはどのように考えているのか、ということが掘り下げられている。
「自分探し」とは、この一時滞在者達のメンタリティーを大まかに語るキーワードで、
依るべきコミュニティの無い、根無し草(デラシネ)としての若者の姿が炙り出されている。
インタビュイーは自分の仕事にしか関心がない、カナダのコミュニティへの関心が薄い、
という作者の感想と、それと現代日本社会の関係を指摘した部分はとても面白く読めた。


また、章の合間にはコラムもあり、現地人に話しかけられたからって見境無く喜ぶなよ、
海外での生活は心細いかもしれないけど、付き合う人間は選べよJK的な話が盛りだくさん。
「日本人女性は海外でモテる」という言葉の裏には、わかりやすい落とし穴があるらしい。
このようなケアサポート・アドバイス・説教っぽいコラムが、論文と並んでいるのも面白い。


北米大陸の屋根裏部屋、カナダの人口のほとんどはアメリカとの国境線に集中している。
最近オリンピックがあったらしいが、カナダやバンクーバーの印象はどんなものだろうか。
美しい自然、寛いだ雰囲気、同調圧力の欠如、目立つホームレス、マリファナの敷居の低さ、
ワーキングホリデーなのに英語が話せないから仕事がないという矛盾、詐欺、搾取、セクハラ、
短い夏、スキーリゾート、綺麗な英語、安全な都市、思ったより高い税金、そして移民大国。
2006年の調査では、バンクーバーに暮らす約50%の人が英語を、約25%の人が中国語を、
約3%の人がタガログ語とパンジャブ語を、それぞれ母国語であると解答しているらしい。
この多文化主義的な雰囲気が、一定数の日本人一時滞在者を移民へと導く誘引となっている。


加えて日本のように、何世代にも渡って住んでいる在日コリアンにも完全な市民権が与えられない国とは異なり、カナダでは滞在1年未満の英語もたどたどしい人でも、「移民しないの?」と周囲から尋ねられる。まして2―3年住んでいれば、「まだ移民していないの?」と驚かれる。そして周りでは、強い訛りの英語を話す、あるいはほとんど英語を話せない、多様な肌の色の人々が「カナダ人」として働いている。これを見て「自分もここで、移民になって働けるのではないかと思った」というインタビュイーもいる。(p.61〜62)


こうして日本と比較された部分を抜き出すと、マークス寿子的な本だと思われるかもしれないが、
もちろんこの本はそんなレベルの低い本ではない。カナダ、あるいは西洋文化の諸問題と、
それに振り回され、時として火中の栗を拾う一時滞在者のメンタリティに紙面を多く割いている。
トラブルの事例も幾つか紹介されているので、ネガティブキャンペーンのようですらある。

最終章の作者の意見も、「地球市民になるなら国内でもできることはある」というものだ。
わざわざ言葉の通じない場所で暮らし、自分の能力に枷を嵌めて生活し、単純労働に甘んじ、
リスクを背負って、地域社会にコミットできないのはもったいない、ということだと思う。
もちろん作者は、ワーキングホリデーや移民化を否定しているわけではないのだけど。

身も蓋も無いことを言えば、個人的には、「自分探し」なら読書でもいいじゃんと思います。
海外旅行で「自分探し」なんて大袈裟すぎる。大山鳴動して鼠一匹みたいなもんじゃないか。
posted by 手の鳴る方へ at 06:52| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。