2010年03月20日

『海月姫』

東村アキコ 『海月姫』 (講談社)
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クラゲオタクの女の子が頑張る話。ノイタミナ枠でアニメ化もするとかどうとか。

恐らく腐女子という生き方は、色々なことに対して不戦敗であり続ける生き方なのだろう。
オシャレは女の武装であって、この漫画の腐女子はその武装を解除している状態で始まる。
が、自分の快適なポジションが奪われそうになったり、不覚にも異性にときめいたりしたので、
着飾ったり、必死でコミュニケーションを取ったり、トラブルに巻き込まれたりする。

クラゲ(オタク的な関心)→ウエディングドレス(女性一般の幸福)のラインが軸としてあり、
そこには、魔法の力を借りる必要が無いくらい地続きなシンデレラストーリーが予感される。
そのラインは、「クラゲってお姫様のフリフリなドレスみたいじゃね?」という発想から成る。
こういう発想は、本当にクラゲを綺麗だと思わないと出てこない発想で、そういうのは素敵だし、
そこのラインに説得力があるので、オタク+女子を描くのに最高な伏線になっているとも言える。


で、話は少し変わる。
私の友人に、葉脈の美しさを延々と話せる人間がいて、その熱弁を聞いているうちに、
何となく世間から閉じていくような感じがして、葉脈の美しさはよく理解できるけど、
そこから先へ広がるフックが無いんじゃないか、と、そんなことを思ったことがある。
オタク的、個人的な関心なんてものは、世間から閉じていて何の問題も無いと思うけど、
実際に「閉じた」感覚に触れると、それはそれで惜しい気持ちになったりもするワケで。

『海月姫』ではそのフックがあって、違和感無く一段広い世界へとコネクトしている。
閉じたように見える個人的な美学でも、実際には地続きで広い世の中と繋がっており、
何かの弾みで回路なり経路なりが繋がり、冗談みたいな活路がパッと開けることもある。
実は地続きであったり、地続きであり得るというのは、大事なことだと思うのですよ。
断絶してるという状態は悲しいのです。それが本人の心理的なものに基づいてるからなおさらに。
posted by 手の鳴る方へ at 04:11| Comment(0) | 批評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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