2010年03月24日

ヴァイマールの亡霊

柴田寿子 『リベラル・デモクラシーと神権政治』 (東京大学出版会)
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サブタイトルには「スピノザからレオ・シュトラウスまで」とあるが、
幾つかの論文を一冊にした本で、本書には他にもシュミットやアレント等への言及もある。
ちなみにシュトラウスはヴァイマール期の思想家でユダヤ人。1932年にアメリカに亡命。


リベラルだとかデモクラシーだとか、響きのいい言葉を口にしてウットリする連中がいるが、
その内実をよくよく考えてみれば、諸手を上げて称賛できるようなモンでもねぇよって内容。
この本には、レオ・シュトラウスが国外に持ち出したヴァイマールの亡霊が憑依している。
普遍主義によって排除され、モダニズムの礎石として埋葬されたその亡霊の名はユダヤである。


ナチス前夜、ヴァイマール共和国には、リベラル・デモクラシーが実現しつつあるように見えた。
それはドイツのユダヤ人を政治的に解放・同化して、法的平等をある程度まで達成したものの、
その政治体制は全体主義思想に対して無力であり、その後に続く殲滅計画にも無力であった。
シュトラウスによれば、そこにはリベラル・デモクラシーの根本的、致命的な脆弱さがある。


シュトラウスの分析によれば、まずリベラリズムとは国家と社会を分離し、国家という公的領域の縮小化と社会という私的領域の拡大化をめざす考え方である。その結果、公的領域においては法によるリベラルな原理が保証されるが、他方、自由とされる私的領域を規制する原則はなく、リベラルな原理に反する差別が容認・保護される。リベラリズムにとって宗教を公事とすることは自由の抹殺であるが、かといって宗教を私事とするかぎり、ユダヤ教やセミティズムを寛容に容認するのと全くおなじように、反セミティズムをも寛容に容認することになる。結局リベラル・デモクラシーは、反セミティズムに反対する公正・正義といった準拠点をもちえず無力である。
それゆえさらにシュトラウスによれば、リベラル・デモクラシーはユダヤ人問題に対して無力なだけではなく、その悪化をもたらすことになる。そもそも普遍主義的でリベラルな個人主義と固有性をもつコミュニティは矛盾し、リベラル・デモクラシーは人間という普遍主義的な原理に基づきユダヤ人全体を保護するという目的のもとに、ユダヤ人コミュニティの固有性にたいする暴力的な破壊をもたらす。
(p.43)


リベラル・デモクラシーは価値中立的であろうとするため、啓示宗教のような固有性は、
例えば政教分離の中で綺麗に排除される。政治には“理性的な”自由があるべきだからだ。
『神学政治論』の中で、スピノザが神学・聖書の価値を福利厚生的なものとして認めつつ、
一方で政治の場を、自由な言論空間として確保しようとしたのと構図は似ていると言える。
(が、聖書も理性も重要だと考えている点で、スピノザのモダニズムは私達のそれとは異なる。)
啓示宗教はこのプロセスの中で漂白され世俗化される。と言うより、あらゆる個別性が、
剥離し、リベラル・デモクラシーの中でフラットに扱われた挙句、宗教も倫理も喪失する。
「色んな考え方があるよね」的な馴化の果てに、煽られた反セミティズムが暴走し始める。


シュトラウスは、啓示と理性、宗教と哲学には、そもそも共約可能性が無いと言いたいのだ。
世俗的理性の見地から啓示宗教を批判したところで、それは宗教対立の亜種でしかない。
そしてそれを踏まえて、リベラル・デモクラシー内での共存可能性を問い質すべきなのだ。
(スピノザと同じくシュトラウスも、宗教と哲学はどっちが偉いか、みたいな議論はしない。
二人とも、理性や真理だけで社会も人間も動いてねぇよ、という当たり前の発想をしている。)
また、ユダヤ人はヴァイマールの最中、公私の両領域に引き裂かれたのだとも言いたいのだ。
数千年もの間、この「ユダヤ人問題」は、西欧の他者理解の重大問題として推移してきた。
西洋の二本の柱、ギリシアの懐疑とイスラエルの信仰の捩れの中にユダヤ人の歴史もあり、
リベラル・デモクラシーは、そんな歴史の刃先として現れ、ジェノサイドを招き寄せた。
その矛先はイスラームやマイノリティ文化へと向かいつつあり、ずっと前に紹介したのだが、
シャンタル・ムフの『政治的なものについて』にそこら辺の事情は詳しく書かれてある。
西洋が設えた公共空間から宗教は撤退する。それが爆弾を抱えて戻ってきたのが9.11だった。
その後のアメリカの行動がネオコン的と称され、ネオコンはシュトラウス的だと称されたが、
それは大きな誤解である。ヴァイマールの亡霊が疑うのは、そこにある普遍主義なのだから。
posted by 手の鳴る方へ at 18:19| Comment(0) | 哲学 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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