2007年01月22日

著作権法改正へ?

昔の番組ネット配信、承諾なくてもOK 著作権法改正へ(朝日新聞) - goo ニュース


例えばNHKのドキュメンタリー番組をネット上に配信しようとする。
この場合、今までは、脚本家や音楽に携わる製作関係者はもちろん、
そこに出てくる、レンズの前にいた人物全員の許可を得なければ、再利用はできなかった。
詳しいことは知らんけど、肖像権の関係で、そのハードルを越えないと放映できなかったのだ。

そのハードルが、もはや時代に合わないということで再考されるという。

「著作権法改正へ」というフレーズがキラキラ輝いて見える。
これを機に、もっとネットに即した、つまりは時代に即した法律に改正して欲しい。
今のままでは、ネットとコンテンツの距離が遠すぎる。
よくよく考えてみれば、YouTubeの存在だって「たまたま」でしかないわけで、
YouTubeがなければ、一体どのくらい多くのコンテンツが評価されずに消えて行ったか知れない。


2月1日から、NHKアーカイブスが保存している37万件のリストが検索可能になるようだし、

番組情報37万件 検索サービス YOMIURI ONLINE (読売新聞)

ネットとテレビの関係は少しづつ歩み寄りを見せているように思われる。
リストだけじゃなくて、その内容も配信される日は思ったほど遠くないかもしれない。
これは学術的にも教育的にも文化的にも芸術的にもいいことで、
どこかに埋没されたままのコンテンツに光を当てる環境つくりは大事なことだ。
あらゆるコンテンツは全人類の財産なのだから。
posted by 手の鳴る方へ at 05:47| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月26日

平成十八年二条河原落首

このごろ都に流行るもの 姉歯 竜巻 核実験
亀田兄弟 嘘報道 世界史未履修 ゲド戦記

にわか県知事迷い者 便宜恩賞「天の声」
本領離るるラフプレー 頭突き入れたる決勝戦

堀江 村上 シンドラー 下克上するタイ陸軍
器用堪否沙汰もなく 獲れる数無きマグロ漁

気付けぬいじめ 自死の子供 教師も習わぬランク持ちて
ジャム呼ばわり珍しや
代議士顔なる永田某は 我の手柄と見ゆれども
好まなりける偽メール 愚かなるにや劣るらん

財政破綻の夕張市 惑星降格冥王星
病気の肝の再移植 アメリカ球審の誤判定
下衆上臈の際もなく ジャワ島沖に大地震

造反議員猶捨てず 弓も引きえぬ新総裁
支持急速に失くせたり 誰を師匠となけれども
遍く流行る「美しい国」 事新しき風情也

実験結果をこき混ぜて 論文捏造えせ英雄
在々所々のノロウィルス 患者にならぬ人ぞ無き
預言者風刺に差別なく 自由狼藉の世界なり

デフレを鎮めし日銀の 金融緩和の掟より
只ゼロ有りし金利も皆 本来の形にぞ今はなる

「急にボールが来たから」 過去に賞あるFWは
左右に転がす事ぞおかし
させる才能無けれども 過分の昇進するものあり
定めて才ぞあるらんと アルベルト・スギをパクるばかり

天下統一珍しや
御代に生まれて様々の 事を見聞くぞ不思議共
京童の口すさみ 十分の一ぞもらすなり


おそまつ
posted by 手の鳴る方へ at 06:28| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月11日

経済成長なんて

NHKスペシャル
ワーキングプアU 努力すれば抜け出せますか



真面目に働いているのに生活が改善しない人達のレポート第2弾。
前回に引き続き、NHKの意気込みが感じられる放送内容だった。



失われた10年以降、日本の企業はコスト削減を至上命題に、涙ぐましい努力を行ってきた。
そんな中で、最もコストの高い人件費を切り詰めていくのは当然の話で、
パートやアルバイト、派遣社員など非正社員を多く雇い入れ、
IT化、オフショアリングなどに力を注ぐのは正当な企業努力だ。
経済財政諮問会議の八代尚宏教授の言っていた「健全な競争市場」って言い分には一理ある。

だけれども、構造改革や経済成長がいくら達成されたところで、
働いている人達が犠牲になっては全く意味が無いわけで、


労働者に皺寄せ→コスト削減→国際競争力UP+景気拡大→経済成長


という筋道を通ったところで、一部の人間しか得をしないのは明白だ。
経済成長率・国際競争力が悪化してでも労働者を保護した方がまだ理に適っている。

で、現在の、今まさにここにある経済の構造が、こんな感じになっているワケで、
今回のNHKスペシャルは、まさにその点を問題として取り上げたワケで、
そう考えると八代教授の言ってることは何か違う。根本的に違う。

「経済成長が国民を豊かにする」「真面目に働けば報われる、人並の生活が保障される」
という世界観が失せた地点に日本は既に来ている。それが今回の番組の内容だった。
八代教授はそれにも関わらず、この世界観、経済観で話をしてしまったのではないのか?
それはそれで間違っていないのだけれども、あの番組の中で、あのVTRを見た後で、
「健全な競争市場」に活路を見出そうとするのはどこかズレている。

繰り返しになるが、健全な経営者なら、当然、人件費を抑えようとするだろうし、
可能な業務は派遣社員やパートに任せようとするんじゃないのか?
で、言うまでもないんだけれど、それがまさにこの問題の根本じゃないの?
八代教授の「時代遅れの産業構造に、国が金を出すことはないよね」
みたいな意見には概ね賛成なのだけれど、もっと他に言うことがあったはずだ。



あと、経済評論家の内橋克人氏。最近見ないと思ったら、こんな所に。
「まともに働く人が生活できないような社会、自分の仕事に誇りをもてない社会では、
国家は滅ぶしかない」「今後は貧困者が多数派(マジョリティー)になる」とか。
後者は評論家特有の大風呂敷だろうけれど、前者には大いに同意。
ワーキングプアは社会が共有する労働観の問題でもあると思う。


働いていても貧しいし、好景気でも貧しい人達がいる時代、
「戦後最大の好景気」という言葉もなんだか内容空疎だ。
経済成長率とか失業率の増減に一喜一憂しても仕方がない。
あの数値にニュースバリューはもう無いと思うんだけどね。
posted by 手の鳴る方へ at 03:55| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月09日

談合列島

宮崎前知事を逮捕 官製談合指示の疑い
2006年12月8日(金)18:21



宮崎県警は8日、県幹部に不正な入札を指示したとして、談合容疑で前知事の安藤忠恕容疑者(65)を逮捕した。同県の官製談合事件は、県政トップの刑事責任追及に発展した。知事在任中の収賄や談合容疑による逮捕は、福島、和歌山に続きことし3人目。



改正独占禁止法が施行されたのが今年1月で、
これによって課徴金が欧米並みに引き上げられた。
昨年末には鹿島などスーパーゼネコンが談合決別宣言。
建築業界の脱談合化は、法整備上は進んでいるのに、
最近になってやけに談合がらみの逮捕者が増えている。



NHKの7時のニュースで、業界に詳しい専門家曰く


――昔はどのゼネコンにも「談合担当」の社員が密かに存在していて、
仮に談合が警察に発覚したとしても、彼らが口を割り、会社を裏切ることはなかった。
しかし今は業界再編が進み、「談合担当」の社員も窓際に追いやられ、
昔は存在していた会社と社員の「鉄の結束」はなくなってしまった。
そのせいで昔を知る談合担当社員も、当時の談合の詳細な事情をペラペラとしゃべり、
密告する社員も増加している――


とのこと。
変わってないのはゼネコンの上層部と、倫理観の欠如した公務員だけということで、
今年は(あと来年も)その膿を出すための過渡期であると言えるのかもしれない。




話は少し変わる。
「東洋経済」の12/9号に、ゼネコンの中間決算が軒並み減額という記事があった。
鈴木謙太朗氏のこの記事によれば、改正独占禁止法の施行以来、
1000万円以上の工事の平均落札率が、89.3%に減少しているらしい。
(※平均落札率=入札予定価格に対する落札額の割合)


談合によって不当に緩和されていた競争原理だが、業界内で本来の姿を取り戻しつつある。
鈴木氏の記事によれば、中堅ゼネコンの地方撤退、統廃合も進んでいるらしく、
今後、経営の合理化の一旦として、地方の切り捨てという事態も十分にあるのかもしれない。

そんな業界再編の流れの中で、地方に土着しているゼネコンがどう動くかは興味深い。
地方都市の経済力にモロに影響してくる問題なだけに、気になるところだ。
posted by 手の鳴る方へ at 00:43| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月31日

アレクセイ・ヴェイナー・マシン1号

(フィナンシャル・タイムズ 2006年10月22日初出) ルーシー・ケラウェイのコラム



金融街のあちこちでこのところ、投資銀行マンたちは実は大笑いしていた。格好のネタになってしまったのは、「アレクセイ・ヴェイナー(Aleksey Vayner)」という若者。大真面目な顔をした、米イェール大の学生だ。就職活動中の彼は数週間前、UBS銀行に応募して、11ページにわたる履歴書と一緒に、自分がいかに特別な人間かを説明する短いビデオクリップを提出していた。

それから数日もしないうちに、「Impossible is Nothing」という(アディダスCMからとった)タイトルのこのビデオは世界中にメールされまくり、YouTubeにも張られ、ものすごい大人気コンテンツになってしまった。


それがこれ。もちろん全部英語
The Aleksey Vayner CV Video



ビデオの中で彼はまず、グレーのスーツ姿で現れる。次にショーツ姿で、巨大なバーベルを上げ下げ。次には白いテニスウェアで、強烈なサーブを披露。さらにはタキシード姿で、キラキラなビキニトップの女性とダンス。しまいには空手衣で登場し、うずたかく積まれたレンガの山を素手でカチ割ってみせるのだ。

自分のこうした「技」を次々と披露する傍ら、ヴェイナーさんは「成功するには」と自らの哲学をトウトウと語る。「そんなことダメだという連中がいても、負け犬の言うことなんか無視すべきだ」 淡々と語るその口調は恐ろしげとも言えるほど。「失敗という選択肢はありえない。つらいと思うところまで自分を追い込むんだ」




何が面白くて、何でこんなに騒ぎになってるのかイマイチわからんが、
小学生が「人生とは……」みたいなことを語ると滑稽なように、
単なるリクルーターのくせに、偉そうに成功哲学を語ってるのが滑稽なのだろう。

それとも、フィナンシャルタイムズの記事にあるような、
企業PRのCMで言われていることを真に受けて、
自分でビデオまで作ったことが病理的で面白いのだろうか。



15歳になる私の娘が最近、ある応募用紙に書き込んでいた時のこと。自分を最もよく表している修飾語を3つ書き込んでくださいという設問があった。「怒りっぽい」「気まぐれ」「テレビ中毒」はどうかと私がアドバイスすると、娘はバカにしきった目で母親を一瞥(いちべつ)。母親を無視して娘は、「クリエイティブ」「意欲的」「優秀」などあれこれ試してみた後、もう一段階トーンダウンした言葉を選んでいた。つまり娘はもうコツをつかんでいるのだ。本当の自分よりも優秀な「自分」をアピールしつつも、相手を警戒させるほど過剰な演出は慎むべきだと。

これはまさに、制度としての自慢、システムとしての自慢だが、このシステムには弱点が二つある。応募者の言うことはどれも誇張されていて、どれも似たり寄ったりだから、本当に優秀な人材を選ぶための材料にはならない。「自分は目標達成型の優秀な人材で、リーダーとしても卓越している」と主張する応募者しかいない状態では、小石だらけの中から玉を見つけ出すのは至難の業だ。




引用してばかりだが、私はこの、ルーシー・ケラウェイ氏のコラムの完成度の高さに惚れ惚れする。

人事担当官の人を見る目は、多くの本やらセミナーやらで既にコードが明らかになっている。
リクルーターは、そのコードの求めに応じて、自分を良く見せることができる。
コードから外れることはただちにディスコミュニケーションに繋がるため、
人生がかかってる局面で、あえてコードを外すようなチャレンジャーはいない。
コードが分析され、対策が練られるたびに、就職活動という活動自体はルーチンワークになる。
そして、ルーチンワークというのは、コミュニケーションにおいては致命的なはずで、
成功哲学や、出来る営業マンの心得、みたいな本では、ルーチンワークは忌むべき存在として
描かれているはずだ。要するにそれはディスコミュニケーションだ。
ここに逆説が存在する。


普通の、ボケぇとしてないタイプの学生なら、普段からボランティアやスポーツ、
旅行、創作活動、その他「リクルートに有利になる活動」をしているはずで、
「アルバイトをする中で、コミュニケーションが大事であることがわかりました」
「サークル活動の中で、お互いの気持ちを理解しあうことの素晴らしさを云々…」
程度の経験談ではもう全然通用しないことを知っている。
そんなPRは、「大学では何もやってませんでした」と言っているのに等しい。

だから学生は最新のコードを把握する。面接官の思惑の、ほんの少し上を行くためだけに。
実際問題として、そういうのに熱心な学生の方が優秀ではあるのだろうから、
リクルートの風景はきっとこのまま何も変わらない。


アレクセイ氏のやったことは、だから私は逆に面白いと思う。
これをボケノートで例えると、正攻法を忌避するあまり自家撞着に陥り、
その思考プロセス自体が滑稽に見えるという不条理をあえて受けて立つ、
エンターテナー、O・S・マシンさんのネタに通じるものがある。



言っとくけど、もちろんこれは褒め言葉だ。
posted by 手の鳴る方へ at 04:21| Comment(2) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月19日

手当

特殊勤務手当:8割の市町村が制度設ける 会計検査院調査



公務員の仕事は多岐に渡る。
危険な仕事(いわゆる3Kな仕事)をする場合、
そのリスクの分を手当として支払うことは別にいいと思う。
ただ、雨の中での作業にも手当、とか、そういうのはおかしいわけで、
行政はそういう恣意的な税金の使い方をしてはいけない。
そういうことをしていると、手当という制度自体を駄目にする。



いわゆる手当と言うのは、この場合の公務員の給与だけではなくて、
民間の給与体系、保険、年金、育児などに見られる、手当と呼ばれるもの全体を含めて、
現行の、主となる制度だけではフォローし切れない部分を、
後付の別枠で、足し算する形でフォローする制度だ。


人の生き方は様々なのに、それを無視するような大枠の制度だけでは逆に不平等になる。
手当はその空隙を埋めるシステムで、これによって細かいサポートが可能になる。
あらゆる社会制度の、個々人軽視に堕し易い性質が、
この手当と言う制度によって予防されているとも言える。


人の生き方が多様化し、複雑になるにつれ、
その微細な生のあり方を支えようとする、手当というシステムも複雑化を余儀なくされる。
一番典型的なのが年金制度で、これはもう、きちんと勉強しないと全くわからない。
FPなどの専門家に聞かなければ、全く知らずに貰い損ねていた手当も出てきたりするから困る。
手当制度自体が、あまりにも膨大になりすぎて、新しい問題を引き起こしているということだ。


知らなければ損をして、知ろうとすると勉強が大変。
自分のことなのにわからないというのは嫌だなあと思いました。
posted by 手の鳴る方へ at 04:26| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月17日

鈴衛について

広島、鈴衛に戦力外通告=プロ野球

とうとうこの日がやってきてしまった……

11年もの間、一軍での実績がないのに何故か毎年残留し続けていた男の中の男。
一度も浮上できなかった潜水艦が、ついに海底に沈んで動かなくなってしまいました。



あと、2ちゃん野球板の鈴衛スレが面白い
元々ワケのわからない住人ばかりだったけど、
こうして見るといい奴らだなぁ



183 :代打名無し@実況は実況板で :2006/10/16(月) 21:32:31 ID:qTRY/GNm0


な あ ス レ 住 人

鈴 衛 は

俺 た ち の 愛 し た 鈴  衛 は

こ れ で も よ く 生 き な が ら え た と 思 う べ き な ん だ ろ う か






どんなに地味でも見てる人は見ているという好例かもしれない。
例えそれがネタで見ているとしても、それでもそれはやはり一つの愛の形だ。

私はハルウララ人気みたいなのは胡散臭いと思うんだけど、
2ちゃんのこういう視線は素敵だと思う。
posted by 手の鳴る方へ at 06:17| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月10日

原爆ドーム景観論争

何となくワイドショーを見ていたら、
広島市の原爆ドームの景観問題が取り上げられていた。

世界遺産の原爆ドームから約100メートルのところに
14階建てのマンションが建設中で、原爆ドーム周辺の景観が損なわれるという話。


宗教家とか、吉永小百合とか、有名映画監督とかが、こぞって市側に要望書を出している。


世界遺産と景観の問題では、よくケルン大聖堂が例として取り上げられる。
周囲の開発が進みすぎて景観が損なわれ、2004年に危機遺産に指定。
その後、ケルン市の奮闘により危機遺産の指定は解除。という顛末。
原爆ドームもそうなるんじゃないか、という危惧はとてもわかりやすい。


このマンションの建設にいち早く反対の立場を取ったのが日本イコモスという組織。
反対の理由が「鎮魂と平和希求の場としてマンションはドームより低くあるべき」というもので、
原爆ドームを聖地の中心として考えるなら、この反対理由は正当だ。
原爆ドームは鎮魂と平和希求の場であり、それに相応しい景観を志向するべきだ。
負の遺産とは言え、あそこはある意味で聖地だし、鎮魂の場であることに誰も異論はない。



で、ここからが私の意見。
広島市を歴史的に考えたとき、「悲惨な破壊と、そこからの復興」という側面が確かに存在している。
世界で最初の被爆都市でありながら、現在では人口100万を数え、中四国地方最大の都市となっている。
問題のマンションと原爆ドームの対比は、この、破壊と復興の対比として考えることができなくはないか?
原爆ドームが1945年8月6日の、あの日時から静止した破壊のモニュメントとしてそこに佇立し、
その背景には、静止することなく開発・発展してきた広島市の繁栄が景観として広がる。
動き続ける街並みと、不変の廃墟。そこには一つの思想があり得る。
破壊とそこからの再生。このアンバランスな景観が意味を持つとすれば、これだ。

戦争からの復興、都市の再生、繁栄・経済化は世界的関心事であり、
災害や戦争が今後とも生じる限り、この問題は普遍的な意味を持ち続ける。
広島市内の、この対比的な景観は、積極的に推進することではないだろうが、
全否定されるべきものでもないはずだ。
考えて欲しい。広島市は、あの焼け野原からここまで復興を遂げている。
これは一つの、肯定すべき、クローズ・アップすべき事実ではないのか?


そういう意味で、ドイツのケルン大聖堂とは差別化を計ることも許されると思う。
ケルン大聖堂と新建築との間には何のコントラストも生まれない。
歴史的な大聖堂と経済的な都市開発の間には、肯定的に結びつく必然性がないからだ。
原爆ドームの場合は違う。これは負の遺産だからこそ主張できる「景観観」で、
原爆ドームから、背景としての街並みが、時間的にも技術的にも遠ざかるほど、
破壊とそこからの発展が肯定的に結びつく。そういう考え方は可能だと思う。


確かに、原爆の問題とその被害もまた、当然、普遍的で現実的な問題だ。
鎮魂と平和希求という問題圏が原爆ドームを取り巻くことに異存はない。
ドーム周辺のバッファゾーンも引き続き設置するべきだし、
広島市は建物の高さ制限に関して、早急に法整備を行うべきだ。
しかし、このマンションが建つ以前に、原爆ドームの背景には、すでに、
商工会議所と市民球場の照明塔が、デカイ面をして建ち聳えていることも忘れてはいけない。
真摯に景観論を唱えるならば、この現実から目を逸らすべきではない。


どのように折り合いをつけるか、しかも広島市らしく、ということが問題だ。
「原爆ドームの景観」とは何か? どうあるべきか? 広島市の価値とは何か?
市と市民はきちんと考えるべきだし、今回の件はその発端になるべきだ。
posted by 手の鳴る方へ at 02:54| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月24日

司法は巡る巡る巡る

(06.6.20)
99年の光市母子殺害事件。最高裁が無期懲役の広島高裁判決を破棄。
審理差し戻し。当時18歳だった被告は死刑の公算大。



(06.6.21)
薬害C型肝炎訴訟。大阪地裁が「規制措置を取らず違法」として、
国の責任を認め、企業と連帯して1億3600万円の支払いを命じる。



(06.6.23)
小泉首相靖国参拝訴訟。最高裁は憲法判断を避け、大阪高裁判決が確定。
「参拝で原告らの法的利益が侵害されたとはいえない」として原告の上告を棄却。



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ここ最近、注目しておきたい判決が立て続けに出てますな。


どの判決も、時代の流れというか、価値基準がシフトしていることが如実に現れていると思います。
時代の転換点というか、司法が「変わらなきゃ」と主張しているような気がしますね。


特に20日の審理差し戻し。被害者の夫である本村洋さんの本とかコラムは、
大学時代からよく読んでましたが、最高裁のこの判断には驚いたのが正直な感想です。
少年法の理念とか、今までの判例を考えれば、ここは無期懲役が妥当だと思います。
それなのにこの判決。画期的ですな。これは司法が今までの判例主義の反省に立ち、
国民の視線を意識し始めた現れではないかと思うのです。その限りではいいことです。
司法制度改革が進行し、司法が民意を汲み取り、市民が司法に参加する時代の流れの中で、
判例を神聖視しない裁判所の態度は、改革の現われとしてとても評価できると思います。
ただ、審理差し戻しですから、実際に死刑が確定するのに最低でも3年、
さらにそこから死刑が執行されるのに10年はかかるでしょう。
犯罪被害者の方々の闘いは全く終わっていません。こればかりは仕方がないことですけど。


21日の地裁の判決は、全面勝訴まではいかずとも、国の薬事行政の責任が一部認められました。
薬害エイズ事件の前科がありますから、厚生労働省の後ろ向きな態度は厳しく断罪されるべきだと思います。
今後は87年以前の感染者に対する国の責任が焦点でしょうが、如何せん時間がかかりすぎです。
投薬記録が残っていなくて、裁判に持ち込めない人も多いと聞きます。
国の責任を認めるのは難しいように思えます。
司法としては、行政の説明責任を追及し、改善に取り組ませるのが限度、というところでしょうか。
マスコミはまぁ、そのように見てはくれませんけどね。仕方ないですけど。
裁判所は、判決の理由をわかりやすく解説したパンフレットを、HP上にでも掲載するべきです。
最高裁の判例検索は一般人には使いにくいと思います。


で、金曜日、23日の靖国訴訟。そんなに興味はないんだけど、成り行きで紹介。
「人が神社に参拝する行為自体は、他人の信仰生活等に対して圧迫、干渉を加えるような性質のものでない」
だから、「本件参拝によって上告人らに損害賠償の対象となり得るような法的利益の侵害があったとはいえない」
よって、「本件参拝が違憲であることの確認を求める訴えに確認の利益がなく、これを却下すべきことも明らかである」
まぁ、今までの地裁・高裁判決でも賠償請求は認められてなかったから、普通の判決だと思いねえ。
何よりも最高裁が憲法判断を避けたのが大きい。地裁では福岡、高裁では大阪二次で違憲だったんだけど、
これで今後の裁判所のスタンスが決まったと思う。でも、政教分離との兼ね合いはどうなるんだろうね。


しかしこの話題になると、どうしてもウヨサヨに話が傾く。
ウヨサヨについて喋れば「俺は世の中についてちゃんと考えてる」と思ってる輩が多い気がします。
意外とそういう人に限って、何も考えていない場合があったりするから面白い。
考えるってのは内なる他者との語らいですからね。誰の言葉か忘れたけど。
posted by 手の鳴る方へ at 02:17| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月05日

新人の電話対応にブチ切れる季節、春

いつの間にか4月です。新人の季節です。

社団法人・社会生産性本部って団体がありまして、3月中旬くらいに

『新社会人白書』ってのを報道機関に発表するんですが、これが面白い。

上司が新入社員(学生)をどう見ているのかがよくわかって興味深いです。

例えば、最近の学生の特徴として、

@ 独りを好む
A 自己決定を好む
B 損をすることが嫌い
C 何とかしなくてはという気持ちが強い
D 優れた観察者である
E その場その場で本気になれる

@〜Eから浮かび上がるのは、

自分に自信を持ちたい、社会や周囲からも認められたいという意欲を持ち、

周囲に対する興味も持っているのに、動き出せない今日の学生の姿だ


と、まぁ、こんな感じで分析しています。

優れた観察者、ってのは多分皮肉でしょうけどね。



あと、この財団法人は、毎年、新入社員のタイプを勝手に命名することで

有名なのですが、今年の新人のタイプは「ブログ型」だそうです。

『表面上は従順だが、ネット上の日記では大胆な自己主張をする』

ってのがブログ型らしいです。ふぅーーーん。

ちなみに、1973年からこんなことがされているんですが、

(02年までは現代コミュニケーションセンター所長が命名)

過去には「パンダ型」とか「ムーミン型」とか「使い捨てカイロ型」とか

「たいやきクン型」とか「浄水器型」とか「キシリトールガム型」とか、

もうね、お前適当かと、キシリトールガムって言いたいだけちゃうんかと、

そんな気さえ感じるナイスネーミングがズラリと並んでいます。

ちなみに私は平成15年に新人として会社に入りましたから、

「カメラ付きケータイ型」です。

『情報処理能力は高いが、経験や知識が蓄積されず、中高年には使いこなせない。』

らしいです。何てコメントしていいのかわかりません。

ともあれ頑張れ新入社員とその上司。
posted by 手の鳴る方へ at 03:17| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月25日

期待値H

時代の寵児が容疑者になってしまいました
ホリエモン無きライブドアの今後はどうでもいい気がしてます

資本主義は「期待」によって成り立っています
期待できない会社に資本が流れることはありませんし
期待さえ持てれば銀行も投資家もお金を貸してくれます
次に期待するから藁板もボケノートも続けられるのです

経済というと何やら血の通ってないイメージがありますが
人間が真剣にやってることですからそんなことはありません
無機質な数値の先にあるのは市場の血沸き肉踊る期待感です

そういう意味で事件前までは、ライブドアの
ひいては堀江貴文社長への期待感は高かったと思います

で、期待感が持てなくなれば、当然この有様
上場廃止になっても仕方のない顛末です

彼の功罪は多々あるでしょう。その功績だけを抜き出すとすれば
今まで誰も期待してなかったことをやろうとした点にあると思います

TV局の買収、プロ野球への参入、大物議員がお膝元とする選挙区での出馬……

何かが変わろうとしているところに期待は生まれます
そしてその期待を求めて人と金と注目が集まるのです
結果はどれもこれもホリエモンを選びませんでしたが
既得権益で凝り固まった業界へ打って出たのは市場的にもよかったと思うのです

きっと今後、第二、第三のホリエモンが登場することでしょうし
ホリエモンも全てが終わった後に再び戻って来るでしょう

市場が期待している限りは
posted by 手の鳴る方へ at 02:01| Comment(0) | 時事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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